希望を

 俺、『ユーリ・フェンネル』が勇者役に選ばれた翌日のこと。

 俺はソニア王国から見て西側にある村に足を運んでいた。魔族の拠点は北の方に、人間の拠点は南の方に位置する。

まぁ、つまりは回り込んで敵の拠点を潰せってことだ。かなり遠回りになるがしょうがない。正面から突っ込んで行っても死ぬだけだしな。

こんな成功確率が低すぎる手しか無いほど人間側が追い詰められているということだ。


 一応、歴代の勇者役の全員が適当に選ばれているわけではない。俺も含めてな。

 勇者役はみんな孤児から選ばれている。

王族と連携している孤児院が何個かあり、そこから宮廷騎士の人が数人を連れて行く。


 んで、まぁ鍛えるわけだが……これが死ぬほどキツい。死人だって出たほどだ。

逃げようと考える奴もいたが、孤児院から連れ出された時に付けられた腕輪に魔法がかかっているらしく、一定の範囲から外へ出ると腕輪が爆音を発する。そして逃げようとした奴は強制的に戻される。多少の罰を与えられた後に。


 そんな生活を10年は経験しているもんだから歴代の勇者役もみんな本物の騎士にも負けないくらい強い。中には、宮廷騎士と肩を並べるほどに強い奴もいた。


 それでも勇者役として国の外に出たら安全なルートを通ったとしても1週間足らずで死んでしまう。それほどまでに人間は無力なのだ。


 よって、俺もあと数日の命だろう。正直に言って死ぬのは怖い。誰だってそうか。


 俺は孤児だ。だからまだ世界を知らない。美味い物もたくさん食べてみたいし、恋愛だってしてみたい。

他にもあるが、それらを全部俺が生きている内にできるかと言ったら、できるわけがないだろう。明らかに時間が足りなすぎる。だからせめて、俺の望みの一つでも叶えてから死にたいと思っている。


 そういえば、俺が今いる村の名前ってなんだったっけか?

そう思い、目の前にいる村長に尋ねる。

「長閑で良い村ですね。村の名前はなんでしたっけ?」

 最初に褒め言葉をつける。こうすることで村の名前を覚えていないだけのアホと思われないようにする。

 だってこの質問2回目だし……。

そんな俺の質問に対し村長は呆れた表情で、

「はぁ……またその質問ですか? さっきも言いましたが、この村は『アヤメ村』です」

 おかしいな。バレるはずないと思っていたのに。


 アヤメ村に寄った理由は簡単。王様から頼まれ事を受けているからだ。

 なんでも、この村の近くには貴重な鉱石がたくさん取れる洞窟があるらしいのだが、その洞窟が魔族によって占領されたようなのだ。その所為で武器が作れなくなっているらしい。

そこで偵察として俺が駆り出されたというわけだ。

もともと近くを通る予定だったしな。

 今は、そのことについて村長の家で小さな机を挟んで話し合っているところだ。


 そこで村長が口を開く。

「やはり危険すぎますよ。向こうはこちらが複数人で戦わないと勝てないことを知って、洞窟の一本道で待ち構えています。こちらを甘くみているのか、数こそ少ないですが……」

 実に至極もっともな意見だ。俺だって最初から正面切って戦う気はない。


ただ、ここで確かめたいことが一つある。

「なぁ村長。その洞窟って出入り口は一つだけか?」

 これは今後の行動に大きく関わってくることだ。もちろん逃げ道の確保という意味もあるが、もう一つ大きな意味がある。

「はい。いつも我々が使っている入り口のみです。残念ですが、退路は一本のみということになります」

 と村長が険しい顔をしながら言う。

確かに逃げ道は一つに限られたわけだ。

だが、今回はそれがうまく使える。

「ありがとうな。その情報のおかげでどうにかなりそうだよ。んま、とりあえずは偵察に行ってくるよ。仕事だしな」

 そう言って席を立ち、家の玄関に向かって歩き出す。


 そこで村長が声をかけてきた。

「お待ちください勇者様! 洞窟内での偵察なんて明らかに無謀すぎます!」

 まぁそうだよな。この人は俺のことを本物の勇者だと思っているんだ。


 そう思うと不思議と希望を与えなくてはならない気がした。

「安心しろ。別に洞窟の中まで入るわけじゃない。これから来るであろう軍の人たちには悪いが、嘘の報告をさせてもらう。ここで死ぬわけにはいかないんでね」

 と俺の身を案じる必要はないということを説明した後、

「軍が到着するまで魔族が移動をしないこと。それだけで俺らは勝てる」

 希望を与えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る