第3話 賭け
翌日、僕はまだ生きていた。
いくらでもありそうな死に場所が、何処もそぐわない気がして。
当たり前の様に始まってしまった、今日という当たり前の日。
僕は制服を着て高校に登校し、全校集会が行われる体育館に腰を下ろしていた。
クラス単位で入出させられる体育館には、2年生までが入出を終え、今から3年生が入出する。
体育館の入り口近くに座っていた僕は、その様子を何げなく眺めながら、昨日の女子生徒を探してしまった。
(・・・・・・いない)
全校生徒が入室を終え、体育館の扉が閉まる。
彼女は遅れて来るのだろうか。
それとも彼女は望みを果たし、どこか遠くへ行ってしまったのだろうか。
どちらにせよ、賭けは僕の勝ち。
・・・だからと言って、嬉しくもないけれど。
・・・だからと言って、悲しくもないけれど。
思いのほか心が動かなかった事に、僕はどこか安堵した。
「―――えー、では、次に教育実習生の先生を紹介します。」
長く退屈な校長先生の話が終わり、今学期から来る教育実習生の紹介が始まった。
教員は3人。
壇上に上がった、その一人ひとりに設けられたショートスピーチの時間。
大した期間居る訳でも無い実習生の、熱の入ったお言葉など、熱心に聞く生徒は殆どいない。
身体が痛くなって身体をクネらせる生徒やコソコソ話をし始めたクラスメイト達につられて、僕も大きな欠伸を一つした時、最後の教育実習生が紹介されてマイクを持った。
「皆さん初めまして。
明るくハキハキと話す蓮水の「地獄」という言葉に、場のざわめきが一瞬で止んだ。
ただならぬ雰囲気を察した生徒達を前に、蓮水はその幼げな顔にニッコリとした笑顔を張り付けて言葉を続ける。
「些細な食い違いがイジメに発展して、そのせいで勉強も遅れをとるようになり、成績が酷くなったら親に怒られ、先生に相談したけれど取り合ってもらえずに、友達だと思っていた子達は私の知らない
声のトーンを一切変えない蓮水の、良く通る声が体育館の中に響き渡る。
さっきまでとは打って変わって、静かに蓮水の話に耳を傾ける生徒達の後ろで、ザワついているのは教員達。
―――蓮水を止めるか、止めないか。
教員達がそんな相談をしている間にも蓮水の話は続く。
「「人の気持ちが分かる人になりましょう。」なんて言いながら、所詮は他人の私たちは、結局の所、自分の都合の良い解釈を探してしまいます。それは大人も子どもも一緒で、そしてもしかしたら、大人の方がそういう偏見は強いかもしれません。親だって、教師だって、皆さんよりも少し長く生きただけの人間です。少し長く生きているからアドバイスできることもあるけれど、別に凄い事は何もないんですよ。間違うし、失敗するし。だって、世の中可笑しなことだらけじゃないですか。そんな私も、多分この後、指導員の加藤先生にコッテリ怒られます。正直、この辺りでマイク取り上げられちゃうかなって思ったけど、まだ喋っていていいみたいなので、続けますね。」
茶目っ気たっぷりの蓮水節につられ、生徒達がドッと笑う。
名指しされた加藤先生は、確かに今にも飛びかかりそうな勢いで舞台袖から蓮水を睨みつけている様だった。
「だからこそ、あなたの思いは、あなた自身が発信しましょう。どれだけ下を向いていたって、そんなあなたの気持ちを正確に代弁出来る人なんてこの世にただ一人としていませんから。どんな事でもいいです。悶々と抱え込んだ気持ちを、漠然とした不安を、あなたの意見を、手紙でもいい。匿名だっていい。是非話してください。私は聞きたいです。私は保健室に居ます。これからの実習期間、どうぞよろしくお願いします。」
今日は何かの演説会だったか・・・?
と言いたくなるような挨拶が終わり、蓮水は一礼する。
体育館中から贈られる拍手は、他の実習生に贈られたまばらな物よりずっと大きかった。
それが蓮水の人徳なのだろう。
彼女には、人を引き付ける不思議な魅力があるのだと思う。
かくゆう僕も、他の実習生と共に壇上からはけていく蓮水の姿を目で追ってしまう。
そんな視線に気づいたのか、顔を上げた蓮水とパッチリ目が合った。
――― 私の勝ちだね。
他の人には見えない様に、軽く手を上げた蓮水は、その手と、口角の上がり切った口元を小さく動かしてそう言うと、悪戯な笑みを浮かべたのだった。
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