第2話 理由
「命を粗末にしてはいけないと思い直して、帰ってくれたりしないですか?」
「あなたこそ、気が逸れて戻ってきたのですから、帰れば良いと思いますけど?」
「あはは、ですよね。でも、残念ながら帰る気はありません。」
「それは本当に残念です。」
「・・・・・・それにしても、まさかこんな所で同士に会うとは思いませんでした。」
「それは僕も同感です。」
不法侵入した校舎の屋上で、僕は見知らぬ女子生徒と「どちらがこの場所を使用するか」という話をしている。
女子生徒は譲らない。
対する僕も譲るつもりは無い。
だから、傾きかけた日はどんどん沈んで、紫の空が黒に近づいていく。
「でも、こんなブッキングはきっと二度とないですよね? 折角だから教えてくださいよ。君の望む死について。」
「望む死・・・とは?」
「死に行く理由とか。ね、どうして死のうと思ったんです?」
「死ぬ為の理由なんて、生きたくないからでしょう。」
「えー、もっと具体的に教えてくださいよ。最期なんだから。」
「具体的って・・・生きるための理由は、死にたくないからでいいって、誰かが言ってました。なら、死ぬ為の理由だって、生きたくないから。それで十分ではないですか?」
「んー、確かに。じゃぁ、遺書は? 何書きました?」
「そんなもの書いてないですよ。僕が死ぬ理由を、書き記すことに何の意味がありますか? 」
「残される人間としては知りたいんじゃないですか? 私は書きましたよ。今までの鬱憤を吐き出すように、便箋を呪いの言葉で埋め尽くしてやりました!」
「僕の痛みは僕にしか分からないんです。僕は、死んでまで「そんな事で」なんて言われるのは真っ平ごめんです。」
「「そんな事で」って・・・言われるような内容なんですか?」
「さぁ? 僕は別に、僕の死に心を動かしてほしい人間がいる訳ではありません。そんな事の為にここへ来たわけじゃない。後々誰かが勝手に作った理由に、勝手に納得して、勝手に同情して、そうしていつかは忘れてもらえればそれで良いんです。なら、その理由を示すのは僕である必要はないと思いませんか? むしろ、僕が僕の為にこの場所に居るように、生きる人たちが生きやすいように、自分たちの為に理由を探すべきだと思います。」
そんな回答を聞いた女子生徒は、なんだかつまらなさそうに口をとがらせてから、「あ!」と目を見開いて2回程瞬きをした。
「じゃぁ、当ててみようか?」
「あの、話聞いていましたか?」
「聞いてた。つまり、言いたくないんですよね? だったらいいじゃないですか。私がその理由探しても。」
「いえ、というかですね―――」
「当たったら、今日はこの場所諦めてね。」
話が明後日の方向へ向かっている事に、女子生徒は気づいているのだろうか。
制止を聞かず勝手な言い分でほほ笑むと、女子生徒は頬に手を当てながら首をひねり始めた。
「んー、勉強に付いて行けないとか、どうですか?」
「勉強ですか? 秀でているわけではないですが、困る程でもありませんね。成績も普通です。」
「じゃぁ、運動音痴? あ、部活で何かあったとか? んー、坊主じゃないし、日焼けもしてないし・・・バドミントン部! どう?」
「部活には入っていません。運動も得意ではないですが、そつなくこなせています。」
「えー。じゃぁ、びっくりするぐらいヘタな絵を描いたとか。」
「確かに絵は苦手ですが、成績が付けば良いと思っていますので問題はありません。」
「うーん、じゃぁやっぱり、いじめ? 今はSNSでのいじりとかも問題になっているけど。私はね、被害者側が嫌だって思ったら、やっぱりそれは駄目な事だと思ってる。」
「いえ。残念ながらそういった事に巻き込まれてはいません。」
「じゃぁ、あれ? オンラインゲームで友達と気まずくなった!」
「何故オンラインゲーム・・・違います。」
「家庭環境に問題が?」
「特にありません。一般家庭です。」
「悪人教師に目をつけられたとか!?」
「この学校に悪人教師が居るんですか?」
「生徒指導の加藤先生。気に入らない生徒には竹刀振り回すのよ。」
「らしいですね。僕は経験していませんが。学校の教員に多くを望んでいませんので、まともな授業さえ受けられれば、特に失望する事もありませんね。」
「えー、じゃぁ、何!?」
「お手上げですか?」
「お手上げ~。」
両手をあげて、悔しそうな女子生徒。
なんて無駄な時間なのだろうと、心底深いため息を吐いた。
「・・・きっと、あなたが思いつく中に正解はありませんよ。それが僕の痛みですから。」
「そうだね。結局は他人事だ。」
「そう、他人事です。という事で、もういいですか? よろしければ僕はそろそろお暇したいのですが?」
「この学校から? この世界から?」
「全てのしがらみから。」
「そっか。・・・じゃぁさ、最期に一個賭けをしようよ。」
「あなたは・・・何なんですか!?」
「いいじゃない。最期なんだし。」
「大体、賭けって何を賭けるんです? ここから飛んで、生きるか死ぬか。ですか?」
「違う違う。明日、私たちが会えるかどうか。」
「会えるわけないでしょう? 死のうとしているのに。」
「あれ? 死後の世界は信じないタイプ!? 私は、楽園に行きたいの。この世界は生きづらかったけど、苦労したんだもの。きっと死んだら幸せな場所にいける。」
「お言葉ですが死んだら終わりです。そこに救いなど無いと思いますよ。そこに在るのは無だけです。死に希望を持つのでしたら、あなたは飛ぶのを止めた方が良い。」
「・・・優しいねぇ。君は、無を望んでいるの?」
「だって、生きるのって辛いじゃないですか。その苦しみは、
「・・・・・・・・・それでも、私は会いたいな。明日君に。」
「僕は別段、会いたいとは思いませんが。」
「よし! 死後の世界、信じないんでしょ? じゃぁ、明日会えたら私の勝ちね。会えなかったら君の勝ち。勝った方の願いを聞くってのはどう?」
「本当に人の話を聞きかない人ですね。もう、勝手にどうぞ。会えなければ願いを話す事もありませんけどね。あなたに願いたい事などありませんから。」
「よし、決まり。と、いう事で・・・帰った帰った!」
「譲ってくれるんじゃないんですか?」
「まさか。駄目に決まっているでしょ。私の方が先輩で、私の方が先に来ていたんだから。この場所は今、私の場所。帰らないなら心中しかないね。 嫌だけど・・・私の後に飛ぶんなら、止められないしね。」
「・・・・・・・・・。」
どうやら初めから譲るつもりは無かったらしい。
「あの錆びた鉄の梯子を登ってきたんでしょ? 真っ暗になったら足元見えないわよ。あ、それはそれで、望み通り飛べるかもだけね。」
何だか愉快そうに、屈託なく微笑んだ女子生徒の、得体のしれない圧に負け、僕はその場を彼女に譲る。
校舎を出るころに真っ暗になっていた空。
地上から屋上を見上げても、女子生徒の姿をとらえることはもう出来なかった。
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