今日を生きる理由なんて
細蟹姫
第1話 先客
ある夏の終わり。
長い日も落ち始めた夕暮れ頃に。
僕はその命に終止符を打とうとしていた。
通っている高校の裏手にある壊れかけのフェンスをよじ上り、屋上へと続く錆びた梯子に手をかける。
コの字型の鉄が刺さっているだけの、登には心もとない梯子の鉄錆の臭いが手の平から漂いだす頃に着いた屋上。
思いがけない事に、そこには既に先客が居た。
落下防止のための安全柵の向こう側に立つ女子生徒。
そこに降り立ったばかりだったらしい彼女の身体は、まだこちらを向いていて、だから顔を上げた彼女と目が合った。
「え!? あ、え!?」
言葉にならない言葉を吐きながら、挙動不審に手や身体を振った女子生徒。
着ている制服のえんじ色のリボンは、確か3年生の物だっただろうか?
安全柵の向こう側は、ギリギリ足の置き場がある程度の場所。
その先は空であり、宙だ。
大きなリアクションをする彼女は、その反動で身を投げてしまいそうだったけれど、何とか踏ん張ってその心もとない足場に留まった。
「なん、誰ですか!?」
「あー・・・不審ではないです。まぁ、閉まっていた学校に不法侵入しているので、不審者ですけれど。この学校の1年です。すみません。制服ではなくて。」
「いえ・・・じゃなくて!! それで君は何でここに? もう校舎は閉まっているでしょう?」
「それはあなたも同じではないかと。」
「そうだけど・・・い、いいから答えなさい! 何しに来たのよ!?」
「・・・あなたと同じ理由ですよ。まぁ、先を越されてしまったみたいですけど。」
その、不安定な足場に辛うじて収まっている足先と、安全柵にしがみ付く力の入った手、妙に焦りを隠せない顔を、ゆっくり順番に見上げると、女子生徒は置かれた状況を改めて理解し、荒げていた声を鎮めた。
「あ・・・・・・。えっと、いったん戻ります?」
「どちらでもいいですけれど・・・気が変わったのでしたら場所を譲っていただきたい気持ちはありますね。知らない人と心中の様な展開はちょっとごめんなので。」
「心中!? 確かにそれは私もごめんです。」
今しがた飛び降りようとしていた女子生徒は、表情と声色をコロコロと変えて話しながら、安全柵の内側に戻って来たのだった。
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