8月31日
藤村 綾
月末
朝、天井を石がたたくような音で目がさめる。鬼のカタギかよと突っ込みたくなるような雨だった。おもてにでたらもしでたらのならシャンプーができるよなというような雨だった。
だからなのかまあいつもだけどなのかとにかくやっぱりひどく憂鬱で憂鬱がわたしの隣で横たわっていたから起こした。
『あのさあんたそんな陰気な顔しないでよ。こっちまで陰気になるじゃんよ』
『はぁ? あんたさ、あんたにいってんじゃんよ』
雨がシャワーみたいに降っているのをみながら憂鬱と憂鬱なわたしとで笑いあう。
ソラナックスを一粒とりだし、手に握りしめて階段を降りる。
こんな雨なのに男は居なかった。明日大将と鮎釣りにいく。そんなことをいっていたような気がしないでもない。こんな雨でぇ? いったのぉ? バカじゃね? わたしはとりあえず毒を心で吐き薄ら笑いを浮かべる。
それからケトルで湯を沸かしインスタントコーヒーを飲もうと決める。ケトルはぼんやりとしてる間にお湯がわく。インスタントコーヒーはファミマで買った安物だ。それをスタバで買ったマグカップに入れお湯を注ぐ。もわんと湯気が立ち中身はファミマのインスタントコーヒーだけれど外見はスタバのコーヒーだ。
それを窓の外で降り続いている雨を眺めながらゆっくりと飲む。150mのお湯で溶いてください。と説明に書かれたコーヒーはなんといっても少ない。けれどももう1本を注ぐ気にはなれない。だからゆっくりと飲むようにしている。
こんなまるでバケツをひっくり返したような雨なのに男はいま、鮎を釣っているのだろうか? 川が増水していれば絶対に川には入れない。
わたしはそれよりも渦中の男が好きなのかと問うてみる。わからない。
好きでも嫌いでもない。それはわがままな意見に違いない。一緒にいてもいいけれど体に触れられたくはない。なんでだろう。わからない頭のまま顔を洗いに洗面所に行き顔を水だけでガシガシと洗う。化粧水をつけてから日焼け止めを塗る。死にたいわたしはそれでも日焼けをとても気にする。雨だし日などは出てはいない。それでも癖なのだろう。つい日焼け止めを塗ってしまう。
雨が降っているときはうちにいてもいいんだよ。という烙印を押されたかのようで焦ることがない。いつも何かに焦り何かに怯えている。その何かがよくわからない。死なのか。生なのか。いつも死んだような目をしているわたしはメガネをかけて見逃し配信のドラマを観ているとガチャと扉が開き、そっとひとが入ってきたような気がして頭をもたげる。
「だめだった……」
釣りに行っていたはずの男が途方に暮れたような何十年も老けてしまったような顔をしいちじくを持って立っていた。
「そっか。まあこの雨だし仕方がないよね」
こんな雨なのによく行ったね。とはいわなかった。いい返すと喧嘩になるのはわかっている。なのでいつの間にか何も本音や冗談がいえなくなっていて本当の自分がどれだったのか見失ってしまった。いつも男の機嫌に合わせ自分を押し殺す。だから事実わたしは死んでいるといえば死んでいるかもしれない。
男は着替えて座り、眠いとひとことだけいい残し横になり眠ってしまった。テーブルの上にあるいちじくはひどく美味しそうに見えたが、見えたけれどその場にはまるで不釣り合いにも見えた。
雨が一瞬だけ止んだのを利用してわたしは冷凍の鮎を持っていとこのうちに行こうと電車に乗った。幸い駅に迎えにきてくれ鮎を渡すことに成功をした。
いとこのうちに拉致をされ強制的にいく羽目になる。いとこもいっていた。
「降ったり止んだりね〜。変な天気だよね」と。
「そうだね。空は女の気持ちみたいだね」とわたし。
キャキャいいながらいとこのうちに着き喋っているともう夕方になっていたので男にLINEで『迎えにきて』と打ち迎えにきてもらう。いとこが男に会いたいといったからだ。
別に怒ってもなくなんともない会話で車に乗った。マック行くか? というとうんいくという返事だったからシェーキを頼み飲みながら帰った。
「晩御飯どうする?」となり「もも肉があるよ」
「じゃあ、唐揚げにする?」
うんとうなずきわたしはうちに帰りすぐ晩飯の支度をしだす。料理は嫌い。食べるのもあまり好きではない。けれど男が『うまい』といってくれると嘘でも嬉しい。わたしはまだどうやら褒めて欲しいみたいだ。
「もうおもて、暑くないよ。散歩にでも行こうよ」
食べ過ぎたのもあり夜の散歩に誘う。めんどくさそうだったけれど、並んでぶらぶらと夏の終わりの夜を歩いた。
鈴虫が鳴いている。
電車が通り過ぎたせつな、わたしのスカートがうまい具合にまくれ、電車の通り過ぎる風力によりどこかに飛んでいきそうになる。
8月31日 藤村 綾 @aya1228
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