大人の瘡蓋
ダチョウ
幸福な生贄
男女の双子は、顔が似ていないことが多い。同性だって、似ていない人たちもいる。
一方自分たちは、よく似ていたと思う。
大阪に来てしばらく経った。
都会は家賃も物価も敷居も、自分が住んでいたところより高い。生活が楽なわけではないけれど、適度に貯金しつつ、バーに行ったり旅行したりと趣味を謳歌する余裕はある。
何よりあの故郷の空気から逃れられるのが、嬉しかった。
悪いことをしたわけではない。誰も自分のことを責めたり、悪口を言ったり、嫌がらせをしているわけではない。でもあの他人を探るような視線と、噂話の絶えない環境には馴染めなかった。
そして最近、似た理由であの環境から逃げ出すように、こちらにやって来た人がいる。
「いつまでいるつもり?このイソーロー」
「居候……?もしかして俺?」
男は首の伸びたTシャツを着て、二人座るには手狭なソファに器用に寝転がっていた。猫のように液体化した体を、ホコリ取りで叩いてやる。
「痛い痛い」
男はドタン、と派手な音をたてて、床にずり落ちた。
「下の階の人からクレームきたら、どうしてくれんの?」
「ハルが謝るだけ」
短く息を吸い込んでから、もう一度ホコリ取りで叩いてやった。
「うるさいバカ。働け」
「えぇん。失業者に優しくない」
男はわざとらしく縮こまると、こちらを上目遣いで見る。
「何」
「失業者だけど、貯金はあるからさ。昼から梅田に買い物行こ」
この顔にめっぽう弱いという自覚はあっても、直せない。小さい頃からの爪を噛むクセのほうが、まだ直せた。
「はぁ、わかったよ」
「やったー!ハル大好き!さすがは俺の彼女ー!」
たしかに一日中家にいるのは苦痛だろう。鼻をフン、と鳴らして抱きついてきた男の頭を撫でてやった。
梅田のデパートは、クリスマスが近いこともあってごった返していた。プレゼントを選び合う恋人同士や、自分へのご褒美を探す人、誰かへのプレゼントを真剣に選ぶ人と様々なドラマが繰り広げられている。店員もかきいれ時とあって、張り切って接客していた。
「ハル、あれ良くない?」
男が指さしたのは、冬物のワンピースだった。ベルベットに似た質感と赤色が、どことなくクリスマスを想起させる。
「クリスマスっぽい」
男は、こちらの発言に目を丸くした。
「えっ、俺は正月を感じたけど!」
近くにいた店員が、ワンピースを指さして会話する様子を見て、なんだコイツら、と苦笑いしていた。
「なんで正月?赤色はクリスマスってイメージのが強いじゃん」
「そう?紅白だし、正月でしょ。あ、紅白なら白色も必要か」
買う気がないのに、いつまでもワンピースの前で議論するのも申し訳ない。男の袖を引っ張って、売り場を後にする。
「ハルは、スカート履かないよね」
少し間を置いてから、男はつぶやいた。
「……似合わないから」
「そんなことないよ!」
男は食い気味に叫ぶと、「大きい声出しちゃった、ごめん」とみるみる萎む。この男は、よくごめん、と謝る。
「……ベリーショートでも、似合うよ?とてもかわいいと思うよ?昔は結構履いてたじゃないか」
「そうだった?」
男は大きくうなずくと、「最近はパッタリ履かない」とこちらが照れるほど真っ直ぐ見てきた。
「はぁ、履いてほしいってこと?」
「久しぶりにみたい。クリスマスプレゼント、それじゃダメ?」
またこの顔だ。やれやれ、と頭をかいてから、「家に帰ったら、いいよ」としぶしぶ承諾する。
「へへ、楽しみ」
男は赤くなった鼻をすすると、子どものように無邪気に笑った。
「はぁ、もうすぐ日も暮れるし、帰ろうか」
「そうだね。今日は俺が作るよ」
誇らしげに胸を張る男を見上げて、「期待しないでおく」と脇腹を小突いてやった。
本来は一人を想定したダイニングテーブルに、みっちりと皿が並ぶ。実際はそこまで品数はないけれど、テーブルのサイズの関係上たくさんあるように見えるのだ。
「うまかった」
「だろ?」
男は水を飲み干すと、満足げに微笑む。
「洗い物するよ」
「いいよ。俺がやる」
男は立ち上がると、鼻歌交じりに皿を回収して歩いて数歩の台所に運ぶ。
「その代わりなんだけどさ」
食器を早々に運び終わると、照れくさそうに寝室に引っ込む。男はクローゼットから紙袋を出すと、目の前に差し出してきた。
「え、何これ」
紙袋にはブランドに疎い人でも知っている、有名なブランドのロゴが印刷されていた。繊細な金色のロゴマークにリボンのついた持ち手は、買い物帰りの女子のステータスの一つとなっている。
「これ、早いけどクリスマスプレゼント。よかったら着て見してよ」
この男のはにかむように笑うクセは、幼稚園から変わらない。恐る恐る紙袋を受け取り、中をのぞくと黒色の生地と目が合う。
「いつ買ったの?」
「ハルがこの前仕事行ってる時」
「金……」
「ちゃんと俺の貯金で買ったよ!」
恥ずかしいから早く着てきて、と男に背中を押されて、寝室へと押し込まれる。恥ずかしいのはこっちだ。お前の百倍恥ずかしい。
「絶対似合うから、着てね!」
男は捨て台詞のように言うと、寝室のドアを乱暴に閉める。少しして、洗い物をする水の音がきこえた。
どうしたものか。
深海のよりも深いため息をつくと、紙袋からブツを出す。薄い不織布のような袋に入れられた布を取り出すと、黒色のワンピースが現れた。
ニット生地のワンピースで、肌ざわりが無駄にいい。腰の辺りまではぴったりと体型に沿う縫製だが、スカート部分はくるぶしまである丈感で、品良く広がっている。
とはいえ、あそこまで期待されては仕方あるまい。
部屋着として着ているスウェットの上下を脱ぎ、のそのそとワンピースを身につける。
肩が少し苦しいし、腰の部分は限界まで伸びている。あいつはサイズ感というものを知らんのか。百人中百人がサイズが合っていないと言うであろうほど、ピチピチのワンピース姿だ。全身を姿見で確認すれば、滑稽というよりもはやホラーだ。
「これは、まずい」
「ハル〜、どお?」
タイミングを見計らったように、男がドア越しに声をかけてきた。
「脱いでいい?これヤバい。サイズがヤバい」
「えっ、サイズ合わなかった!?」
「ぎゃ、開けるなバカ!」
ドアがあくと、男と目が合う。
男は無遠慮に足元から顔まで眺めると、「似合ってる」と心底嬉しそうに笑った。
「肩、キツい」
男は肩の辺りをまじまじ眺め、申し訳なさそうにはにかんだ。
「でも、サイズはこれであってるはず」
「あってたら、こんな肩キツくない」
だから男の買ってくる服を着るのは嫌いだ。斜め下のフローリングを睨むように見る。
「抱きしめてもいい?ハル」
「なんで」
「好きだから」
恥ずかしげもなくこういう事を言うところが、やってられない。聞いているこっちが恥ずかしくなる。
「……いいよ」
「ありがとう」
抱きしめられると布が張って、より肩がキツくなった気がした。あとちょっと肩に力を入れたら破れてしまいそうだ。
「すごく似合ってるよ。今日みた赤色もいいけど、ハルには黒色が似合う。天使みたいだ」
歯が浮くどころか、どこかに飛んでいきそうなほどのセリフを、男はよどみなく発する。
「黒ならどっちかというと悪魔じゃない?」
「あはは。こんなにも魅力的ならどっちで同じだよ。何か人を超えた力じゃないと説明できないくらい、俺はハルが好きだよ」
男は鼻先が触れそうなほどの距離で、もう一度呪文を唱えるようにつぶやく。
「ハル……春華。愛してるよ」
男に春華と呼ばれると、胸の奥が寂しくなる。体の表面は熱くなるのに、中は吹雪いているように寒い。
「あ」
スマホが音楽を流す。この曲は電話の着信を知らせるものだ。
「ちょっとごめん」
自分のスマホを見れば、画面には母さんと表示されていた。
「誰?」
「母さん」
離れない男を引き剥がし、「待て」と犬に命令するように言う。男は「わん」とおどけたようにいうと、ベッドに寝転がった。
「もしもし、母さん?」
『もしもし?今大丈夫?』
半年ぶりに聞いた母の声は、どことなく掠れていた。
「大丈夫。どうしたの?」
『いや、今年は年末年始どうするのかなって思って』
「あぁ……」
脳裏に故郷の寒々しい冬景色がフラッシュバックする。切りつけるような風を避けるように巻いたマフラーに、人の目を逃れるように顔を埋めて歩くのが、毎日のルーティンだった。
「父さんと母さんがいいなら、正月は帰りたいけど」
本当は帰りたくない。両親はちゃんと大切だと思う。でも、それ以上にあの場所は酸素が薄すぎる。うまく呼吸の出来ない故郷は、嫌いじゃないけど苦しい。
けれどそんなことは言えないから、相手に委ねるズルい答え方をした。これで「じゃあ、おいで」と言われて帰省して嫌な思いをしても、悪いのは自分じゃなくて帰ってくるよう勧めた両親だって、自分自身に言い訳にできるから。
『ダメなわけないじゃない。帰ってきてほしいわよ』
母さんはそう言うと、電話口にヒソヒソ話をするように囁く。
『お父さんだって、春樹の顔見るの楽しみにしてるんだから』
「うん」
どう返すのが正解かわからなくて、曖昧な相づちで濁した。
『それにもうすぐ春華の一周忌でしょう?あの子もきっと、春樹に会いたがってる』
「そうだね。じゃあ、三が日に帰るよ。また連絡する」
電話を切ると、すぅ、と頭だけ冷えていく。
「ハル、お母さんだった?」
僕はまた、春華の仮面を被る。男に、彼に愛されるために。
「うん。正月には帰ってくるのかって連絡」
「そっか。俺はどうしようかな〜。ハルが帰るなら、同じ街なんだし俺も一緒に帰った方がいいのかな」
この男は、僕を春華だと思っている。
幸せにそうにカメラの方に笑いかけるその笑顔は、鏡でも見ているように自分にそっくりで、吐き気がした。祖父の葬式以来、パッタリ縁が切れていた葬式会場に、数年ぶりにやって来た。祭壇に飾られた写真の人物は僕と瓜二つで、自分が死んだかと一瞬錯覚するから、何とも嫌な気分になる。悪趣味ないじめみたいだ。
写真の人物は、僕な双子の姉──春華。
双子の姉が、死んだ。
交通事故だった。飲酒運転の車が、乗っていた車の助手席側に突っ込んで、運悪く助手席に座っていた姉は死んだ。即死だったかとか苦しんだかとか、想像よりも姉の最期には、毛ほどの興味も湧かなかった。そこに転がっていたのは、ただの一人の女性の死体で、それがたまたま自分の姉だったという事実だけ。
なぜか現実感がなくて、淡々とその事実を飲み込み、淡々と消化した。なんとも、あっさりした薄味の悲劇だ。
僕は目を腫らして呆然とする母を横目に、忙しなく来る人来る人に挨拶をするロボットと化した父の手伝いをした。葬式というのは案外忙しいのだと知る。そしてもう一人、母の後ろの席で項垂れる男に目を向ける。
「あっ……」
僕の視線に気がついたらしい。クマだらけの目を動かし、目線だけこちらに向ける。その目は虚ろで、人形の目の方がまだ何かしらの感情が見える。いつか見た宇宙よりとずっと真っ暗な目は、視線を再び奈落へと落とす。
僕は小さくため息をつくと、葬儀屋とこの後の予定について話し合った。
姉と僕とその男は、幼なじみだった。
よくある建て売りの集合住宅で隣同士の家になり、年齢も三人一緒だったこともあって、すぐに打ち解けた。活発で勝気な姉と、少しヘタレだけど努力家な男と、その後ろをついて回るだけの僕。不思議なバランスで、不思議と上手くいっていた。
小学生の頃の僕はこのまま、三人ずっと隣合わせで生きていくと思っていた。
バランスは、あっけなく崩れた。
中学生になったころ、姉は一つ上の部活の先輩と付き合い始めた。傍から見れば、なんてことない普通の中学生カップルだ。可愛らしいおままごとのようなお付き合いをする、ごくごく一般的な二人。
しかしそれは、僕たち三人には大きな衝撃だった。
学校帰りに偶然、先輩と手を繋いで楽しそうに笑う姉を、僕と男は見た。男はその場から弾かれたように走り出して、公園で子どものように泣いた。子どもより泣いていたかもしれない。公園で楽しげにはしゃぐ小学生たちが、静まり返って遠巻きにこちらを窺う視線が、とても痛かったのを覚えている。
何ともいたたまれない気持ちになりつつも、僕は「何が悲しいの?」と背中をさすりながら聞いた。
「あのな、おれ、すきなんだ」
どうやら男は姉が好きだったらしい。
たくましい生き残りのセミがまだ鳴いている季節に、背中が凍った感覚になった。
「ごめん、みっともない……ほんと、ごめん」
男は僕に、ただごめん、ごめん、と謝罪の言葉を投げかけるだけだった。
「いや……ごめん」
鼻の頭が熱くなってツンとする。そこで自分も泣いているのだとわかった。
「なんで春樹が謝るんだよ」
「ごめんね、ごめん」
どうやら僕は無自覚に男に恋をしていたようだった。
子ども心にそれは伝えてはいけない事のような気がして、僕は男の十八番である「ごめん」を奪い取り、ひたすら謝りながら泣いた。
ごめん、応援してあげられなくて。
ごめん、お前の失恋を喜んでしまって。
ごめん、好きになって。
それから少しして、僕らは高校生になった。
男が依然として姉に恋をする中で、僕もまだ男に恋をしていた。
僕にとってこの環境はあまりにも針のむしろで、苦痛でしかたなかった。男に恋をする自分が、誰かに責められやしないか、男さえ巻き込んでしまわないか。不安だけが自分の周りをグルグル渦巻いて、深みへと引き込んでいく。
気がつけば、僕の目標はこの街を離れることになっていた。
僕を咎める人のいない場所に、とにかく行きたかった。僕のことなんて、どうでもいいと思っている人しかいない場所。僕のことを、僕の想いを探るような目が向けられない場所。
男への想いがバレない場所に、行きたかった。
その目標はあっさり叶って、僕は大学進学をきっかけに故郷を離れた。地元から専門学校に通う姉と、地元から通える大学へ進学した男に別れを告げて、僕は新しい気持ちで生きていけるはずだった。
男への想いは、ゆっくりと大阪で溶けて消えてゆく。その溶かすための時間が、欲しかった。
だが夏休みになって、帰郷したときにその計画は壊れた。
姉と男は、恋人になっていた。
なんてことだろう。僕はその報告に対して、自然に笑うことが出来た。男に未練がないからじゃない。男への想いを消す前に、あっさり二人にぶち壊されたから。想いの瓦礫の中で、僕は笑うしか出来なかった。
そして、この事故だ。
みな社会人になり、男の仕事が落ち着いてきて結婚を考え始めたタイミングで、姉は死んだ。男の運転する車で、男の横で。
男は姉の葬式で、ボロボロの体を隠すように喪服を身にまとって、動く死体のような雰囲気でやって来た。スーツの下は、包帯だらけだったらしい。
その包帯がとれたころ、男の異常に周りが気づき始めた。
死人のように目をギョロつかせていた男は、少しずつ目に生気を取り戻した。包帯が一箇所取れる度に、それに比例するように。
ただ、目の輝きが戻るほど男は壊れていった。
『春華から返事が来ない』
僕の元へ、ある日突然そんな連絡が男からきた。
『なにか知らないか』
地下ダンジョンのような梅田駅の一角にある小洒落た喫茶店で、僕は危うく叫び出しそうになった。もしかして、僕だけがおかしくなっているのかもしれない。姉は実は死んでいなくて、男と添い遂げることのできる姉が妬ましくて、勝手に自分の中で姉を殺しちゃったんじゃないか、なんて。
けれど連絡を受けて、週末すぐに地元に飛んで帰れば、やっぱり実家の仏壇に姉の写真は佇んでいた。
「春樹」
母は仏壇の置いてある部屋の出入口で、襖にもたれかかるようにして立っていた。
「聞いたよ。あいつ、春華が生きてると思ってるんだって?」
母は何も言わなかった。声を取られた人魚姫のように、何も言えなくなってしまったのかもしれない。いつか泡になって消えてしまいそうなほど、生命感のなくなってしまった母親に、僕はどうしようもなく悲しくなった。
「昨日も、春華に会わせてくださいって、うちまで来た」
父の髪は、ずいぶん白くなっていた。
「可哀想だ。あんまりに突然だったから、心が壊れちゃったんだろうな。特に、横にいたから……」
「様子、見てくるよ」
男の家のインターホンを押すと、男の母親が玄関ドアをあけた。男の母親に会うのはいつぶりだろうか。男の母親は、昔よりだいぶ歳をとっていた。そりゃ、そうだ。中学に上がる頃には、男の母親と会う機会はほとんどなくなっていたから。あの頃からずいぶん時間が経っているのに、つい最近まで会っていた感覚だから、浦島太郎みたいに急に老けてしまったように思った。
「あのね、春華が死んでから、あの子おかしくなっちゃってね」
時間だけではないのかもしれない。妙に老け込んでしまった男の母親は、目線を床に落とす。
「春樹くんが来てくれたら、喜ぶわ。ありがとうね」
僕は何も言わず、会釈だけして男の部屋のある二階へ向かう。階段の壁に飾られた写真に、姉と男が楽しげに並んでいる。写真の面積のほとんどを二人が占めているから、どこで撮ったものかはわからない。僕のいない、知らない時間。
男の部屋のドアをノックすると、男はドアをなんの躊躇もなく開けた。
「久しぶり」
男は何も言わなかった。ただ、その痩せこけた腕を伸ばして、僕を抱きしめる。
「苦しいよ」
「は、はる……会いたかった」
僕は抱き返してやる。
「辛かったろう。来るのが遅くなってごめん。バタバタしてて」
男がホロホロと涙を流すのがわかった。首の辺りに、生暖かい涙がつたう。
「ハル、ハル!」
何かが、おかしい。
僕の中に、冷え冷えとした空気が広がる。
「な、なぁ……」
男は一度抱きしめるのをやめると、まじまじと僕を足元から頭まで観察する。
「ハル、髪の毛切った?ベリーショートにしたんだ。かわいい」
男はもう一度、僕を抱きしめる。
「どこ行ってたの?寂しかったよ……春華」
僕は何も言わなかった。何も言わずに、この哀れな男を抱きしめ返した。惨めで、可哀想で、可愛らしい男。自分の頬が紅潮した。
初恋を自覚した少女のように高鳴る胸は、僕のものじゃないみたい。どうしたって歪に微笑む自分の口を、男の肩に隠した。
僕の──男。
おかしくなってしまった、僕の男。
ずっと前からおかしくなっていた僕のところまで、やっと堕ちてきてくれた。ゾクゾクと肌が粟立つ。
「今、大阪に住んでる」
男の頬に、手を添える。
「一緒に住まない?」
僕が、この男のそばにいよう。
この男の狂ってしまった人生のために、僕が僕の人生を捨ててあげよう。
それとも、この男が僕の人生に利用されているのだろうか。
どちらでもいい。
男が頷くのを確認すると、僕はもう一度彼に抱きつく。
この歪んだ顔を、見られないように。
なんて、幸福なことだろう。
大人の瘡蓋 ダチョウ @--siki--
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