第6話 電話

 PCの画面で、しばらく地図をあっちこっちと見ながら考えていた真一は、15分ほど経って検討したプランを紗織に説明する。


「初日は朝早く出て、東名を走ります」

「はい」

「そして豊川インターで降りて渥美半島の先っぽを目指し、そこからフェリーにのって伊勢へ渡ります」

「伊勢!初めてだなあ」

「午後のそんなに遅くない時間に着くから、伊勢神宮の内宮を参拝して、門前町のおかげ横丁を観て食事などしてから伊勢市内のホテルに泊まります」

「賛成、賛成」


 初日のプランは問題なく決定し、ホテルも伊勢市駅の近くで空きがあったので予約してしまう。


「翌日は朝から外宮を参拝して、伊勢自動車道経由で南に向かい、昼ぐらいには本州最南端の串本町には着く。寄り道しながら夕方には白浜に到着。宿は白浜に取って、どこか知ってる店でご飯食べます」

「地元だもんね、美味しいとこ期待してる」


 せっかくなので宿は白良浜近くの高台にある高級ホテルの、温泉の付いたオーシャンビューの部屋を予約した。

 値段は張るが、どうせなら休暇をしっかり楽しめるものにしたい。


「その次の日に、朝からお寺に行こう」

「そうだね。わかった」

「さて、それ以降の日程も決めないとな」


 紗織にとって初めての白浜になるので、十分楽しめる時間を取るため、ホテルは連泊で取り、帰路は北に回って奈良に一泊、さらに安曇野にも泊まり、都合五泊六日で帰京する日程となった。


「よし、じゃあお寺に電話してみよう」


 旅程をまとめた真一は、実父の墓があると思われる「萬福寺」という寺に、紗織が言うように電話してみることにした。


 電話番号は調べるとすぐに分かった。

 しかし、いざ実際に電話を架けるとなると、自分はいったいどういう立場で電話をしようとしているのか?仮に先方が実父の事を知っていたとして、自分からの電話に対してどう応じるのだろうか?という疑問が頭の中にちらつき始めた。


 考えても仕方のない事なのだと真一も分かってはいるものの、余計な事が脳裏に浮かんでは消える。

 実父の墓の場所を他人に尋ねるという、あまり聞いたこともないようなシチュエーションに、多少狼狽えてしまっているのかも知れない。


 よし落ち着け、あくまでも頻繁には連絡をとることのない知り合いといった体で話を切り出せば良いのだ、と真一は自分に言い聞かせる。

 どう話を切り出すべきなのか少し頭の中で考えるうちに多少回復した真一は、思い切ってスマホに番号を打ち込んだ。


 「……」


 妙にコールが遅く感じられたが、何のことはない発信ボタンを押していなかった。

 どうやらまだ緊張はしているようだ。

 気を取り直し、真一は改めて発信ボタンを押してコールを待つ。


「はい、萬福寺でございます」


 程なくして電話が繋がり、相手の名乗りが聞こえた。

 さすがにこの段にもなればいつもの落ち着きを取り戻した真一は、ひとつ息を吐いて切り出した。


「お忙しいところ恐れ入ります」


 真一は自分の名を名乗り、数ヶ月前に亡くなったという湯川佐一に昔世話になった者だが、今は遠くにおり亡くなった事を知らず葬式にも行けなかった。

 確か代々墓は萬福寺さんと聞いた覚えがあり墓参りぐらいはしたいのだが、場所をお教え願うことは出来るだろうか?と尋ねた。


 プライバシーへの配慮が求められる世の中であり、ひょっとしたらそれは難しいのではないかと真一は思っていたのだが、


「湯川さんですか。はい、ご近所でしたし、お葬式もこちらでさせていただきました。お墓の場所ももちろん分かりますので、お参りの際に本堂の方へ声掛けて頂ければ、ご案内いたします」


 と案に反して、希望が叶うという返答があった。

 真一は色々と考えていただけに拍子抜けといった気持ちもしたが、紗織の言うとおりに墓の場所を教えてもらうことが出来たので、寺というものはそういうものなのだ、と認識を改めた。


「では、その際にはお伺いいたします。おそらく来月中にはお邪魔するかと思います」


 電話を切った真一は、体に纏わりついていた何とも言えない緊張を吹き飛ばすように大きく長い息を吐いてから、紗織の方を向いて笑顔を見せた。


「やっぱりお寺で教えてもらえるんだね」

「ああ、紗織が言った通りだったよ」


 案ずるより産むが易しというのはこういうことだなと、真一は電話ひとつで緊張していた自分を多少の自嘲を込めて振り返った。


 しかしこれで休暇の予定は全て決まった。

 あとは残りの書類手続きを済ませる事と、出発までに道程の情報を収集し、滞りなく旅が運ぶように準備するだけだ。


 真一はもう一度地図サイトで、かつて自分が暮らした場所を映し出してみた。


 あの家は今どうなっているのだろう?

 打ち捨てられて藪の中に朽ちているのか。

 そこに行って自分の記憶と照らし合わせる事で、何か思い出せることがあるかも知れないが、思い出してもそれが何になるのか。


 取り留めのない考えが浮かんでは消え、モヤモヤしているくらいなら、藪漕ぎでも何でもして行って確かめるべきかなどと思っていると、


「お父さんのお家がどこなのか、今度行った時にお寺で聞けば、お葬式もしたなら分かるかもね」


 真一の考えを見透かしたように、紗織が真一に声を掛けた。


「本当だな、なんだか全然頭が回ってない」

「急だもん。でも道が無いなら山登ったりしないでよ?」

「いや、ちょっと思ったけど、そこまではしないよ」

「本当かなあ」


 本格的な藪漕ぎというレベルでなければ行ってみようかと考えていた事は誤魔化して、真一は話題を変えることにした。


「まあその件はほぼ目処がついた。来月は旅行を楽しもう」

「そうだね、色々楽しみだよー」

「伊勢神宮も行ってみたかった所だけど、その前に伊勢湾フェリーが実は楽しみで」

「私も!船で移動ってした事ないし」


 そんな調子で、立ち寄る土地の名物や、やってみたいことなどを話し合い、真一のあまり輝いているとは言えない過去の日々を、二人は今は暫くの間でも遠くに押しやる事にしたのだった。

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