第5話 計画

 地図の中に建物の形状も表示されているが、そこには真一の記憶通りの配置で建物があった。


「ここだな」

「どれ?」


 真一の声に、紗織が画面を覗き込む。

 僅かでも幼い真一の記憶が残る場所ならば、それを見てみたいと言うのが、紗織の偽りの無い気持ちであった。


「ほら、ここだよ」


 真一は画面を指差して場所を示す。


「これが母家で、こっちは離れ。場所も建物の配置も記憶と一致するから、これで間違いないな」


 ——そう言えば玄関前から少し斜面を下ったところに小さな池があったはずだが、地図には池の表示がないな。

 もう池は無くなったのかも知れない。


「この辺に小さな溜池みたいなのがあって、そこで初めてイモリを見たんだよな」


 真一はそんな事を紗織に教えながら、そう言えば航空写真なら様子が分かるかも知れないと思いつき、カーソルを動かして表示モードを航空写真に変える。


 すると航空写真が映し出したのは、それまで建物が表示されていた場所を覆い尽くす森の姿だった。


「航空写真だと家も池も見えないんだな」


 真一の記憶では、玄関先からは空が見えていた。

 確か洗濯物を干したりもしていたので、少なくとも南側は木に覆われた場所ではなかったはずだ。

 真一の想像では、山の斜面にポッカリとスペースが開けていて、そこから家や池が覗いているはずであった。


「道路側からなら見えるかも」

「おお、そうだな」


 紗織に諭された真一はカーソルを動かして表示モードを切り替え、近くの道路からの画像に切り替えた。

 家の真下に走る道路は、すぐ脇に小さな川が流れており、その川に架かる小さな橋の上に画面は切り替わった。

 真一は画面をぐるっと動かして、家のある方に向ける。


「…見えないな?」


 その画角からは、緑に覆われた普通の山の斜面としか見えない木々しか見えなかった。

 真一は少しずつ場所を変えながら、家のあった場所を見上げていくが、どの角度から見ても、映し出されるのは何の変哲もないただの山だった。

 記憶の中にある、道路側から家のある場所に登っていく細い坂道がある場所に戻ってみる。

 しかしその場所は、どう見ても人が分け入っていけるとは思えない薮になっていた。


「ひょっとして、もうこの家は廃屋になって、原野に戻っちゃってるのかもな」


 もしかすると親族の誰かがまだ家に居たりするのでは無いかと、真一は心のどこかで思っていたところがあったが、どうやら可能性は低そうだという結論に至った。


「ご近所でお話し聞ければ、何か分かるかもね」

「なるほど、そうだね」


 真一は画面を動かして、見ていた山の斜面から坂道を挟んで反対側の道路脇に建つ平家の住居へと視線を移す。


「こんな所にも家が建ったんだな。何も無い場所だったと思うけど。…そういえばこの坂を登った先に寺があって、墓参りに一回連れて行かれたことがあった気がする」


 その真一の一言に、紗織がふと気付く。


「それなら、もしかしてお父さんのお墓もそこじゃない?」

「あ〜なるほど、多分そうだよね。

場所までは覚えていないけど、探せば分かるかも知れない」

「お寺に話を聞くと、思ったより色々教えてくれると思う」

「へえ? 寺に詳しいですな、紗織さん?」

「まあ美作のお爺ちゃんとかお婆ちゃんが、お寺のこと色々やってたりして、話に聞く事多かったから…」


 真一の質問に、紗織は若干苦笑い気味の表情で答える。

 どうやら祖父母の振る舞いは、紗織の家族の中でもあまり歓迎される類のものでは無かったらしい。


「取り敢えず、何があったかは今度聞くよ」


 真一は本来の予定だった相続放棄に関する手続きを調べることにして、ネットを利用して関係する情報を確認し、必要事項をメモに残していく作業を進めた。


 同じような事を調べる人はそれなりに居るようで、調べ物は真一が思った以上に順調に進み、昼前には概ね調べ終えることが出来た。


 戸籍抄本の取り寄せに必要な郵送の手続きも、スキャナを兼ねたプリンターで用紙や添付資料を用意し、その日のうちに近所のポストに投函してしまう。


 戸籍の書類が届かないと、次の手続きは出来ないので、休暇を利用した故郷への旅、それも実父の墓を探して墓参りをするという奇妙な目的の旅程を紗織と相談することにした。


「和歌山へは車で行こう」

「大丈夫?距離ってどれくらいあるの?」

「たぶん、片道で600kmくらいだな」

「代わってあげられないからなあ」


 紗織は成人した日本人の9割近くが持つという運転免許を持っていない自らを嘆いた。

 しかも我が家の愛車は今時珍しいマニュアル車であり、おそらく免許を取っていたとしてもオートマ限定だったに違いない自分はどのみち運転出来なかっただろう。


 その愛車、アッズーロと呼ばれる水色の車体のフィアット500は、真一が埼玉県の並行輸入業者から購入したもので、イタリア語のチンクエチェント(500)からチンクという愛称で知られ、同名の往年の名車をリバイバルした現代版量産モデルだが、左ハンドル、5速マニュアルトランスミッション、ディーゼルエンジンという日本ではニッチ過ぎるユニークな仕様。

 1トンに満たない車重に20kgを超える太いトルクを持つエンジンが相まって、そこそこのスポーツカー並みの走行能力があるのにディーゼルエンジンのため燃費が良く、ガソリン車の倍は距離を走ることが出来る。


「大丈夫。うちのフィアットは運転も楽だし、横で寝てたら良い。 それに飛行機で向こうへ行ってレンタカーなんて借りたら旅費が嵩み過ぎる」

「そうなんだろうけど…。心配だよ」

「まあまあ、あくまでも旅行なんだから一気に現地まで行くとは限らないよ」

「…なるほど、それはそうだね」


 真一は始めは現地まで一気に移動するつもりだったが、紗織の心配する様子に考えを変えて、少しでも旅を楽しめるようにプランを練る事にした。

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