第4話 大工の旦那と番頭の旦那

 さらに二日後。

(うわ、筋肉すっごい……)

 三人目の旦那は大工の棟梁である源次だった。浅黒く焼けた肌に、ぎょろりとした目つきが印象的だ。鬼瓦のようだと感じた。

「由香か」

 私がうなずくと、源次は酒徳利を上がりかまちへと下ろした。

「お酒?」

「燗をしてくれ」

「あっ、はい」

 私が酒を温める様子を、源次はブスッとした顔で見ている。

(え、怖い怖い。一人目が陽キャで二人目が幼い感じだったから油断してたけど、私は妾なんだよね。『俺の言うことは絶対だ!』みたいなDV野郎タイプだったらどうしよう)

 出来上がった熱燗を、恐る恐る源次へと差し出す。

「ん」

 短く言うと源次は猪口に酒を注ぐ。そしてその一つを私へ差し出してきた。

(えーっと、飲めばいいのかな?)

 緊張感漂う中、味が分からないまま喉へと流し込む。

「うめぇか」

「へっ? あ、はい」

「……良かった」

(あれ?)

 厳めしい顔の口元がわずかに緩む。太い指が徳利を持ち上げ、再び私の持つ猪口へと酒を注いだ。

「……」

 今度は舌の上で転がしながら味わう。

「……甘くておいしい」

「そうか」

(不愛想なだけで、怖い人じゃないのかな?)

 私は距離を詰め、源次に身を寄せた。

「……」

 猪口を口に運ぼうとする手が、ピクリと止まる。

「……なんだ?」

 地の底から響くような低い声。だが、怖さは感じなかった。私は源次が口元へ運ぼうとしていた猪口に手を添え、奪うように自分の口へとその中身を流し込む。

「こら」

「ふふ」

 顔こそ怖いが、怒りは伝わってこない。やがてごつい手が私の頭をそっと撫でた。

「……やれやれ」

(手つき、優しい……)

 恐る恐ると触れる手つきは、まるで壊れ物を扱うかのようだ。

「お前は俺を恐れんのだな」

「ふふ」

「……お前でよかった」

 その声は、お酒のように甘かった。


 そしてまた二日後。

「由香さんだね、よろしく頼みますよ」

(なんか潔癖そうな人来た!)

 一周目最後を飾ったのは、木綿問屋番頭の与平だった。

(妻があって妾を囲う人だから、いかにもなスケベ親父を想像していたのに)

「……膝を崩しても構わんかね」

「えぇ、どうぞ楽にしてください」

「ふぅ……」

 息を吐いたかと思うと、その場にごろりと横になってしまう。

「寝るなら、布団を敷きましょうか?」

「いや、このままで」

「でも、痛いでしょう?」

「これでよいのだ」

 固い板の間に横になった与平が、幸せそうに微笑む。

「夜、寝るとき以外に体を横にしたのは子どもの頃以来ですよ」

「はぁ」

「わしの妻は、店の旦那様のお嬢さんでね。器量よしでよくできた女房だが」

「はぁ」

「旦那様のお嬢様ってのが難儀でね。家に帰っても、そこでのわしの言動は旦那様に筒抜けになっちまう」

「父娘の間柄ですからね」

「悪気がないのは分かっちゃいるが、それじゃあ気の休まる時がありゃしない。ずっと旦那様に見張られてるみたいなもんです」

 それはさぞかし気が詰まるだろう。家に帰っても上司の目があるようなものなら。

「でも、そんな奥様がいて、妾を囲うのをよく許してもらえましたね」

「内緒ですよ」

「えっ?」

「だからひと月だけ。せめてひと月、女房の目の届かぬ場所で息抜きがしたいんです」

(おぅ……)

 四万円払って、ひと月だけ隠れ家を借りたようなものか。

(境遇には同情するけど、こっちはひと月で去られると収入が減っちゃうんだよね)

「与平さん」

 私は横たわる与平にそっとにじり寄る。

「マッサージ……あんまでもしましょうか? お疲れでしょう?」

「いや、由香さん、わしは……」

「ほら、こんなに背中がこわばってる」

 みっしりとした筋肉へリズミカルに指を沈める。私の手の下で、与平が心地よさげに呻いた。

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