第2話 妾奉公にもピンキリあって

「おりょう様ったら、またそんな怪しげなのを引っぱり込んで!」

 屋敷に入るなり、年配の女性にいきなり眉を顰められた。

「困っている様子だったんだもの。怒らないでおくれ、お藤」

「おりょう」と呼ばれた女性は困ったように笑いながら、私を奥へ奥へと連れて行く。

「お前さん、名はなんと言うんだえ?」

「あ、三塚由香です……」

「なら由香さん、これに着替えなんし」

「!?」

 目の前に出されたのは和服だった。しかも相当値の張りそうな。戸惑いうろたえる私に、おりょうさんは不思議そうに首をかしげる。

「そのなりじゃあ、目立っちまうだろ? また、さっきみたいに追われたいのかえ?」

「そうじゃなくて、その……、和服は着方がわからなくて」

「え……」

「まぁ、呆れた!」

 お藤さんが、眉を吊り上げる。

「自分で着たことがないだって!? どんだけ良い家のお姫様だろうね!」

「お藤、およし。いいよ、私が着せてあげよう」

 おりょうさんはやわらかに笑うと、慣れた手つきで私を着替えさせてくれた。

「今宵は旦那様のおいでもないようだし、暇を持て余していたのさ」

(「旦那様」……? あっ!)

 私はここに来る直前に見ていた動画を思い出した。そして、自分がどんな家に飛び込んだかを。

(黒塀と松の木は妾宅の印! つまりおりょうさんは……!)

「おりょうさん!」

 私は正座をして畳に両手をつく。

「私もここの旦那様の妾にしていただくようお願いしてはもらえませんか? 実質下働きでいいんで!」

「え……」

「っかぁ!! こん、べらぼうめが!!」

 お藤さんは額に青筋を浮かべると、箒を掴み、私に向かってぶんぶんと振りまわし始めた。

「ふてぇ奴だ! おりょう様がお優しいのをいいことに、図に乗りくさって!」

「ぎゃあああ! あぶっ、危なっ!」

「お藤、およしな」

「いいえ、止めないでくださいませ! いいかい、このすっとこどっこい! おりょう様はね、吉原にこの人ありと言われたお方だったんだよ! 見受けの金だって三千両さ!」

(三千両!? つまり、えぇと……一億二千万円!?)

「そんなお方をつかまえて、どこの馬の骨ともつかねぇお前が、自分も同じ身分にしろだって? っかー! 図々しいったらありゃしないねぇ!」

「うわぁああ!! ごめっ、知らなくて……!」

「お藤! およし!!」

 おりょうさんの澄んだ声が、空気をびりっと震わせた。その迫力に、お藤さんの箒が止まる。おりょうさんは一つため息をつくと、私をまっすぐに見た。

「お前さん、ほんに妾になりたいのかえ?」

「え、あ、はい……」

「なら、明日にも口入屋さんに連れてってやろう。私の旦那様に取り次ぐわけにはいかないが、それくらいならいいだろ」


 再び口入屋の主人と会ったのは、面接から数日後のことだった。

「由香さんの旦那さんが決まりましたよ」

(おぉ、どんな人だろう!)

 期待と不安が胸に湧き上がる。

(複数の男と恋愛関係を持って、金を貢がれる? それって逆ハー!? 大人の乙女ゲー!?)

 令和の良識ある人たちから見れば、眉を顰める境遇かもしれないが。

(この世界ではれっきとしたお仕事! つまりは合法ハーレム!)

 郷に入っては郷に従え、だ。

 口入屋の主人が帳面を開く。

「まずは高良虎之助と言って、江戸詰めのお侍さんだ」

(おお、侍! いきなり武士来た!!)

「それから弥三郎、この人ぁ小間物屋の手代で独身、と」

「ん? 独身?」

「何か不都合でもあったかい?」

「いや、本妻いないのに妾ってアリなんですか?」

「嫁の来てがねぇんだから、仕方なかろうよ」

(いや、そういう意味じゃなくて)

 私の中では「妾」というのは、本妻がいる上で他に愛人が欲しい人が囲うものと言う認識だったけど。

(本妻いなくても妾って囲うんだ。ちょっとサービスが過激なレンタル彼女みたいなものかな?)

「それから大工の棟梁をしてる源次、こっちも独身だね」

(独身、意外と多い!)

「最後に木綿問屋の番頭の与平。与平は女房持ちだ」

(なんか独身が続いた後に既婚者が来ると、妻以外の女に手を出すなよってなるよね。私が言えた義理じゃないけど)

「以上、よろしいかね」

「え? ちょっと待って? 五人の旦那さんから一両ずつって話じゃありませんでした? 四人しかいないみたいですが」

「由香さんを囲いたいって客が四人しかいなかったんだよ」

「……えっと、ちなみにお一人いくらずつのお手当を?」

「一人一両って話だっただろう。四人で四両だ」

(現代換算で十六万!!)

貧困ではないが、微妙な金額だ。

「あぁ、それから四人とも『月きわめ』を希望している」

「……と言いますと?」

「ひと月契約ってこったね」

「ひと月後はお役御免ってことですか、私!」

「そうとも限らねぇさ。お前さんを気に入りさえすれば、その後も続けて囲ってくれるだろうよ」

(甘くない! 妾奉公甘くなかった!)

 予想より少ない人数に、予想より短い契約期間。

(逆ハーとか言ってる場合じゃない!)

「まぁ、お前さんの評判が上がりゃ、他にも囲いたいって旦那が現れるだろうよ」

「増えること、あるんですか?」

「由香さん次第だがね。さて、先方にはあたしから予定を伝えておくが、どうするね?」

「予定?」

「同じ日に旦那さん方が鉢合せしちまったら困るだろう。そうならないように予定を立てとくのさ」

(なるほど……)

 とりあえず今は、立候補してくれたこの4人を上手くさばかなくてはならないようだ。私は奇数の日を彼らに使うことにした。

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