第26話 美波と子子

 さて、美波はと言えば、あんなことが起こってしまったので今日は早々に追い返された。しかも心配だからと式神の子子ねねまで付き添いにつけてくれている。

 家への帰り道、ちらりと見れば小さい子供の姿をした式神が美波の足元でキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回している。とは言っても、柊の話によれば普通の人にはこの姿は見えないらしい。

「ここは色々あっていい」

 子子はしゃべり方こそ淡々としているが、どことなく楽しげに口を開く。美波は思わず苦笑いをこぼした。

「色々って言ったって、田舎だから畑しかないでしょ」

「前にいた場所は木しかなかった。右も木、左も木、前も後ろも木ばっかりだった。でもここは家も畑も道も、いっぱいある」

「どんな山奥に住んでたのよ」

 美波はため息をこぼすと、続けざまに提案する。

「そうだ。帰りに佐々木のおじさんのところに寄ろうか」

「ささき?」

「ひまわりの種を売ってくれる人よ」

「種⁈ 子子ねね、種すき!」

 途端に彼女の目がキラキラと輝きだした。さすがネズミ属性の式神だ、ハムスターに懐かれている気がして美波も悪い気はしない。

「種くれる美波もすき!」

「あはは、ありがと」

「子子、美波んの子になりたいな」

「それは私が月見里やまなし先生に怒られちゃうわ」

「柊はあんまり種くれない。そもそもあまり召喚されない」

 子子はしゅんとうなだれた。

「いつも呼ばれるのは寅王とらおうとか辰帝しんていとか、力の強い式神。子子が呼び出されたのは本当に久しぶり。それに、出てきてもお遣いくらいしかできない」

「でもこの前は私を助けてくれたじゃない。あなたは私の命の恩人よ」

「美波ー!」

 子子は歓喜を抑えきれず美波の腕に飛びつく。小柄な子子がその腕にしがみつくさまは、さながらだっこちゃん人形だ。といっても実態はないので重さも何も感じない。

 姿形だけ見えている子子を美波は改めて眺めた。

「触れられるのに不思議ね。全然重さを感じないなんて」

「子子たち式神はみんなそう。あそこの邪気もそう」

 そう言って子子が指さした先に、邪気がうろうろと徘徊している。とある民家の庭先で、家の中の様子を伺ったり二階を見上げたりしているようだ。

 途端に美波は眉をひそめた。

「あー、またいる。ここ最近ずっとそうなのよね。あの邪気も重さを感じないのかな? 前に邪気を背中にくっつけてた友達は重いって言ってたけど」

 クラスメイトの茜が邪気を背負っている姿を思い出しながら、美波は子子に質もんする。すると子子は小さく頷いた。

「それは生気を吸い取られているから身体が疲れているだけ。でも邪気がいるところは危ない。美波も近寄らない方がいい」

「生気を吸い取られるから? 奥の方に引っ込んでて特に襲ってこないし、横を通るだけだからあんまり気にはしてなかったけど」

「邪気は人間の『わるい気持ち』が呼び寄せるもの。ここの家の人がなにか悪いこと考えてるか、嫌なことが起こる前触れ」

「えっ」

 美波は思わずその家を見上げてしまった。

 車が三台ほど止まる前庭と、その奥にはどこにでもある二階建ての日本家屋。しかし言われてみれば、なんとなく建物全体がどんよりとした雰囲気をかもし出している気がする。

(そういえば、ここって誰のお家だっけ)

 隣近所は皆知り合いのような小さな町で毎日行き来する通学路、なのに誰が住んでいるのか思い出せない。

 老夫婦が住んでいたような気がしたけれど、女性が一人で暮らしていたような気もする。

 思い出せそうで思い出せず、眉を寄せながら二階の窓の辺りに目をやったところで、美波はびくりと肩を揺らした。

(あ、やば……)

 二階にいるなにかと目が合った気がした。

 美波は慌てて視線を逸らす。

「子子ちゃん、ちょっと急いで帰ろ」

「美波、どうした」

「なんか……二階の何かと目が合ったみたい」

 美波の言葉に、子子は美波の腕にしがみついたままちらりと該当の窓を見る。

 それから淡々と口を開いた。

「確かにいる。小物ではないみたい」

「ひ、人じゃないってこと?!」

「隠り世でもないのに、不思議」

 焦り始める美波とは正反対の様子で、子子は好奇心に目を輝かせる。目を離したらすぐにでも家の中に乗り込んでいきそうだ。

「ダメダメ! 知らない人のお家だし、急いで帰るからね!」

「美波、種は忘れないように」

「悠長すぎるー!」

 これ以上この場所にいて、二階のに目を付けられでもしたらたまったものではない。美波はバタバタと駆け出すと、子子ご所望の佐々木種苗店へと向かうのだった。

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治療院の先生には秘密があるらしい 四葉みつ @mitsu_32

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