第25話 月見里一族のしきたり(2)

 柊は姫に苦笑いをこぼしたあと、首を横に振る。

「すごいのはこの陣を最初に作った人だよ。陣を百通り作り、それをすべて重ねてるんだからね。しかもその陣は今の時代でも作用している。ものすごく力の強い人だったんだと思うよ」

緘所かんしょひとつでも陣になるのか?」

「なるよ。例えば御札を一枚貼るとする、そうするとその周りには邪気が寄りつかないでしょ?」

「なるほど。札も陣のようなものなのだな」

「そう。そして、その御札を左右に貼るとその力は更に強くなる。それを五芒星の形に配置したらもっと強くなる。この札を祠に置き換えたのが緘所巡りの緘所だね」

「おお、なるほど」

 柊の説明に納得した姫は大きく何度もうなずく。それから新たなる疑問を口にした。

「しかし、そもそもカンショとはなんなのだろうか」

かんはもともと閉じるとか封じるとかの意味があるから、何かを封印していたんだと僕は思ってるけど」

「封印か」

「だから緘所をつなぎ合わせて出来上がる陣も、実は大きな封印の陣なんだ」

「そんなに大きな陣で何を封印しているのだ?」

「うーん、なんだろう。僕もそこまでは調べたことなかったな。本家に行けば古い書物が残ってるかもしれないけど」

 国土を覆うほどの大きな陣なのだから、物の怪の類いとは違う気もする。

 そもそも緘所を巡ることにより世の中が平定されるとして一族にその儀式を課せられているのだから、世を乱さないための陣なのかもしれない。

 そこまで考えて、柊ははたと思考を止めた。

「そうか……そういうことかもしれない」

「どうしたのだ?」

 姫の問いかけに柊はしばらく彼女の顔をじっと見ていたが、しばらくすると首を横にする。

「姫にはまだちょっと早いかな」

「我を子供扱いするでない。もう十二だぞ」

「そうなんだよなあ」

 姫の言い分に合意したようには見えない様子で、柊は肯定の言葉を口にする。

 なにが「そう」なのか姫が尋ねたところで、きっと柊から明確な返答は来ないだろう。

「でも姫にまで緘所かんしょを回らせてるとなると、本家が何を考えてるのかますます分からないな」

 一度本家に行く必要もあるかもな、と柊は小さくうなる。

「我は緘所を巡ってはいけないのか?」

「あ、いや……」

 姫の質問に、柊はハッとした顔をすると言葉を濁した。それからするりと美波の件へと話題を変える。

「それにしても、三十六緘か……」

 月が隠れた四度目の闇夜を迎えし日に第三十六緘の山の祠にて解放の儀式をおこなえば、我が身体は完全に復活する。

 彼女はそう言っていた。

「単純に考えると、美波ちゃんの中に間借りしている者が三十六緘に封印されていると取れるけど……」

「封印されているのなら、解放してはいけないのではないか?」

「うーん……」

 何の目的で復活したがっているのかを直接聞ければいいが、美波の中に眠るそれと対話できるかは不明だ。

 美波を救うためにはかの言葉通りに実行するのがいいのかもしれないが、言われるがままに解放してよいものか判断材料に欠ける。

 すると姫が尋ねてきた。

「緘所巡りの目的ではなく単に斎岻原ときしはらに行って、何か調べることはできないのか?」

「たとえ観光目的であっても、一度緘所巡りに関わってしまったら順番を守るのが決まりなんだ。力のバランスが崩れるからと教わったよ」

「そうか……」

 首を横に振る柊に、姫はしゅんとうなだれる。

 ちなみに姫の言った『斎岻原ときしはら』は第三十六かんにあたる祠で、この緘所かんしょ巡りの関所とも言える場所だと言われていた。

 生涯をかけて緘所を回ると三十五緘あたり、つまり約七十歳で力が減衰してしまう。だから『第三十六緘』は、これを超えれば一族に名を残す者としてようやく一目置かれる、関所の役割を果たす場所でもあった。姫のようにまだ到達しない者でも一族ならば必ず耳にする名称だ。

 そして三十五歳にして二十九緘まで回り終わっている柊は、すでに一族でも一目置かれつつある。

 その柊は眉を寄せて険しい顔をしたまま呟く。

「四度目の闇夜……つまり今から四回目の新月の日が指定する日時だろうね。先週新月だったから四回目は……あと三ヶ月ちょっとか」

「ということは、三十六に間に合わせるためには、半月にひとつ緘所を回らなければならないということだな」

「半月にひとつか」

 半ば絶望的にため息をつく。

 通常ですら二、三年に一カ所しか回れない、柊でも一年に一カ所しか回っていなかったほどに力を使うのだ。それを半年どころか半月で一カ所ずつ回るなど、狂気の沙汰でしかない。

 姫はしみじみと口を開く。

「ひーらぎの伝説がまた塗り替えられてしまうな」

「年に一カ所行くだけでも目立ってるし、これ以上目立つことはしたくないんだよなあ」

「今まで散々目立っておいて何を今さら……。ならば年イチで行かなければよかったのだ」

「それはホラ、褒められると嬉しくなっちゃう時期とかあるじゃない」

 己の若気の至りを思い返して、柊は深々とため息をつくのだった。

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