第24話 月見里一族のしきたり(1)

 できるだけ早く行動しようと柊が言った理由は、なにも美波の様子が急におかしくなったことだけではない。

 問題は『おに』が夢に出てきたことだ。

 あの日美波に使った封印術は、彼女にも伝えたとおり最高位の術式だ。だから白い空間に現れた『おに』が力を貸してくれて良い作用をもたらしてくれる善良な存在であったとしても、あのときまとめて封印されているはずなのだ。

 それが夢に出てきた。

 つまり、封印されていないということだ。

(ということは、すでに彼女自身との同格が始まっているか、あるいは封印が無効化される存在……神格……)

 後者であるはずはない、と柊はかぶりを振る。

 鬼などの物のが人の魂に間借りすることはあっても、神が魂に間借りしたなんて話は聞いたことがない。

 そしてもし同格が始まっているとすれば、さっきの彼女の言動の違和感にもうなずけた。何気ない瞬間にそれがさも普段の彼女であるかのように表面に浮上してくる。

 しかもたちの悪いことに、それを彼女自身は覚えていないようだ。さっきも会話の途中で人格が入れ替わっているようだった。

 美波が帰ったあとも、どうしたものかと柊は考えあぐねている。

「月が隠れた四度目の闇夜を迎えし日、か……」

 柊は、美波が意識を奪われていた間に口にした言葉を呟く。

 すると目の前に座っていた姫が小首をかしげた。今は二人で夕飯の最中だ。

「四度目の闇夜? 何の話か分からんが、ちゃんとご飯に集中しないと米をこぼしてしまうぞ柊」

 姫に指摘されて、柊は慌てて箸を持ち直した。

 それから今日姫が二階で勉強している間に美波に起こった出来事を手短に説明した。彼女が無意識のうちに口にした文言を伝えると、すると姫が「ああ」と何かに思い当たる。

「第三十六かんなら分かるぞ。トキシハラの山であろう?」

「トキシハラ……って、あの斎岻原ときしはら⁈」

 柊も記憶に思い当たって声を上げた。

「三十六緘、なるほど……」

「ひーらぎはのだ?」

「僕は二年くらいサボっちゃったから二十九番だよ。もしかして姫もまわってるの?」

「我は八緘までちゃんと終わったぞ」

 どうだすごかろう、と姫は鼻を膨らませる。

 柊と姫の一族には古くからのしきたりがいくつかある。その一つが『緘所かんしょ巡り』というものだ。

 一族に属して力が使える者は等しく、五歳になった瞬間から『緘所かんしょ』と呼ばれる場所をまわって儀式を行う。それは第一緘から始まり、百までナンバリングされている。

 姫に言われるまで柊が思い当たらなかったのは、ここ数十年『緘所かんしょ』という正式名称で呼ぶ者がいないからだ。そもそも緘所という言葉自体が普通名詞として存在しておらず、一族内だけで通用している単語だ。柊の親の代ですらほこらやしろ要石かなめいし等そこに建っているもので適当に呼んでいたし、ナンバリングも一緘、二緘、ではなく一番、二番と呼んでいた。

「姫は十二歳だっけ。一年に一カ所か、順調だね」

「むしろひーらぎが二十九緘までしか行っていないのは怠慢ではないか? お主なら年に二カ所は回れるはずだとツバキちゃんが言っておったぞ」

「あはは。姉さんは僕に重役を被せたいだけでしょ」

 柊は姫の言葉を軽く笑い飛ばすと、夕食のめに熱めのお茶をずずと飲んだ。

 姫の言う『ツバキちゃん』は柊のひとつ年上の従姉妹いとこの女性で、姫の年の離れた実姉にあたる。

 一族の中で柊の同年代には彼の他に椿つばきえのきひさぎの三人がいる。この四人のうち、一番力が強いのが柊だと言われていた。実際に緘所巡りは柊が一番進んでいる。通常は二、三年に一カ所がいいところだと言われており、椿と榎は十五カ所ほどしか回れていない。ひさぎは頑張って柊に追いつこうとしているようだが、二十五カ所までだと聞いている。

 この緘所を何番まで回っているかが、一族において力の強さを意味していた。そして、緘所は百まであるものの、すべて回り終えた者は過去いないという。

「それにしても三十六番か……。僕が二十九番だから……急いであと六カ所終わらせる必要があるな」

 柊は指折り数えて確認する。

「飛ばして行けばいいではないか」

「そうできればいいんだけど、これは順番に回ることに意味があるんだ」

「意味?」

「実は、緘所の一から百までを線でつなぐと大きな陣ができるんだよ。数字を飛ばすとこの陣が崩れてしまう」

「そもそも百まで回りきれる者がいないのだから、今さら陣なぞ関係ないのではないか?」

「それがこの緘所のすごいところなんだよ。例えば僕は二十九番まで回ってるでしょ。すると一番から二十九番までつないでも陣になる。当然、姫が巡った一番から八番をつないでも陣が形成されるんだ」

 一カ所まわるごとに陣が重ねがけされる、つまり莫大な力が必要になる。だから通常は二、三年に一カ所まわるのが関の山なのだ。

「やはりひーらぎはすごいのだな!」

 姫がキラキラと目を輝かせるので、柊は思わず苦笑いをこぼした。

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