第23話 鬼とおに
「不思議な夢?」
柊は美波に尋ねた。すると彼女は力強く
「前、先生に『おに』の話はしたよね?」
「真っ白い世界で聞こえてきた声の方かな」
美波の中には二つのオニがいる。白い空間に声だけ現れた『おに』と、黒い
学校が隠り世に捕らわれた日、美波の頭の中に響いてきた声は自らを『おに』と名乗った。その声が美波に力を貸して、彼女は『鬼』に乗っ取られていた意識を取り返すことが出来たのだ。
その不思議な出来事を、美波は一通り柊に伝えていた。
「その声の主は美波ちゃんの精神の中にいるんだよね。話を聞いた限りだと悪さをしそうな感じではなかったけど」
「そうね。あの日以来、意識の表に出てきて何かをすることはないわ」
美波は同意する。しかし柊は少し気難しい顔をして呟いた。
「でもそれも鬼なんだよなあ。今は何か問題を起こすことはなくても、ある日いきなり起きて悪さをする可能性も捨てきれない」
「鬼が起こす問題ってどういうもの?」
「事象はピンキリだけど、軽いものだとこの前学校で起きたみたいに邪気を集められるだけ集めたり、人に取り憑いたりすることかな。取り憑かれた人は毎日少しずつ生気を吸い取られて衰弱していって抵抗力が弱まり、病気になりやすくなる。重い事象は、瞬間的に人を死に至らしめる」
「人を死に……」
「周りの人間の精神に作用して、故意に交通事故を引き起こしたりね。軽いものも重いものも普通は目に見えないから、人はそれを『呪い』と呼ぶんだ」
「呪い……」
そんなものが自分の中に封印されているかと思うとあまりいい気はしない。自分の知らないうちにその力が漏れ出て、誰かに『呪い』をかけているかもしれないのだ。
その表情を汲み取った柊はゆるりと否定する。
「美波ちゃんの中にいるものは今のところは大丈夫だよ」
「今のところは、でしょ」
「そうだね。でもこの前使った封印は最高位の術なんだ。だから、対象が神格でない限り破れることはないよ。そして鬼は神格化しないから、僕が術を解かない限りは暴れないよ」
「そっか……」
美波はどことなく安心したように笑みをこぼした。
それから「あっ」と声を上げる。
「でも先生は勘違いをしているわ。今のは黒い
美波は微妙なイントネーションの違いを正した。彼女が口にするのは『お』の方を強調した発音だ。固有名詞なのだろうか。
「おに……?」
「少なくとも角を生やしたアレではないと思うわ。そう断言できる根拠はないけれど、頭の中に浮かぶイメージが違うのよ。あの黒い
そもそも私の直感だからあてにならないけどね、と美波は苦笑いしながら付け足す。しかし彼女の内側に眠っているものだ、その直感もあながち間違っていないかもしれない。
「それでね、昨日そのおにの夢を見たの」
「夢に出てきた……?」
柊は少しだけ眉を寄せる。美波は慌てて言い直した。
「あっ。正確には出てきたんじゃなくて、気がついたら私がまたあの白い空間に立っててね。そこでおにの声が聞こえてきて……」
「山に行け、って言われたの?」
「ううん、今はまだ。でも時が来たら山に行って起こしてくれ、って言ってたのよ。山の場所はイメージでなんとなく分かるから案内できると思う」
「起こす……。美波ちゃんの中に眠っているその白い空間のおにを覚醒させるってこと?」
美波はこくりと
「たぶん私はただの器よ。本体は別の場所にあるんだけど、その中で魂を修復するには生命エネルギーが足りなくて、やむを得ず生まれたばかりの魂に同居させてもらうことにしたの。月が隠れた四度目の闇夜を迎えし日に第三十六
「み、美波ちゃん?」
彼女の発する言葉の違和感に、柊は慌てて彼女の肩を掴んで揺さぶった。一般的な女子高生が世間話で使うような台詞ではない。
目の焦点が合わないままぼんやりとしていた彼女は、途端にハッと我に返る。
「えっ? ……私、今なにか言ってた?」
「……」
言ってたよ、と軽率に言えば彼女を不安がらせてしまうだろう。柊は何も返答できないままじっと美波を見据える。
「えっと、しゃべってたら途中から急に意識が遠くなって……」
「美波ちゃん、できるだけ早めにその山に行ってみよう」
柊は渋い顔をしたままそう提案した。
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