第21話 治療院の新しい日常(2)

「そういえば美波ちゃんのおばあちゃん、定期的に通ってくれるようになったよ。美波ちゃんの宣伝のお陰だね、ありがとう」

 終業後のカルテ整理をしながら、柊は美波に話しかけた。

 同じ診察室内で姫の勉強を見ていた美波はぱっと顔を上げる。

「えっ、そうなんだ。ばーちゃん、何も言わなかったなあ」

「いつも月水金の午前中に来てくれるよ」

「週三回も⁈」

 予想していたよりも多い数字に美波は驚く。

 それから様子を伺うように柊の顔をのぞき込んだ。

「ばーちゃん……先生に変なこと言ってないでしょうね」

「変なことって?」

「私の行動ががさつだとか、物の扱いが雑だとか、ついでに返事も雑だとか、おしとやかさに欠けるとか」

「うん。全部いま初めて聞いたよ」

 にこにこと笑う柊の言葉に美波はしまったと口をつぐむ。

 しかし柊はそんなことは微塵も気にしていなかった。なぜなら毎日の扉の開け閉めですでに一目瞭然だからである。それに、扉を開けるときは勢いがあっても言えば静かに閉めてくれるのだから、根は素直で良い子なのだ。

「いつも孫をよろしくって言って帰られているよ」

「そ、そうなんだ。なんかもっと雑に扱われているかと思ってた」

「美波ちゃん……自分が雑に扱いがちだからって……」

「そんなんじゃないわよ!」

 少し照れたような顔を見せる美波を見て微かに微笑んでから、柊はまたカルテ整理の作業へと戻る。

 彼女の祖母から「孫をよろしく」と言われているのは、彼女の生い立ちに関係しているのだろうと柊は感じていた。

 マッサージの施術中に世間話をするのはよくある。彼女の祖母の場合、話題に上るのは孫の話が多い。週三回も顔を合わせるとなれば、信頼関係が構築されると反比例して新しい話題は減っていく。そこで出てくるのが過去の話だ。

 彼女は今でこそがさつで雑——もとい、非常に元気があるが、幼少期は心を閉ざして人と関わらなかった時期もあったという。それは彼女の両親がすでに他界していることと関係しているようだ。

 柊が再び美波へと視線を移すと、彼女は姫の解いた漢字ドリルの採点をしているところだった。

「へー、姫すごいじゃん。漢字もだいぶ書けるようになったね」

「どうだ、すごかろう」

「明日私が来るまでにこのページの漢字の書き取りしておいてね。五ページね」

「えー」

 うんざりしたような声をあげる姫に、美波は鞄の中から何やら取りだして目の前に掲げてみせた。

「じゃーん、そんな姫のために新しい算数ドリルも買ってきたよー」

「鬼じゃ……鬼がおる……」

月見里やまなし先生がお仕事中は姫もやることなくてつまらないでしょ。これ、できるところだけでいいからやってみてよ」

「うむう……」

 姫はしぶしぶと算数ドリルを受け取る。

 美波が姫の勉強をみるのが上手いのは少し予想外だった。幼い弟や妹がいるならまだしも、彼女は祖母と二人暮らしだ。そんな彼女も学校に登校できず家で自学をしていた時期があったようだから、その頃の経験が活きているのかもしれない。

 二人の楽しそうな会話を聞きながら、柊はカルテのたばを棚に戻した。

「美波ちゃん、ドリルのレシートあとで渡してね。姫の教材代はあとで実家に請求するから」

「別にこれくらいいらないけど」

「接骨院の手伝いもしてもらって、姫の勉強もみてもらって、美波ちゃんには本当に助かってるよ。今度ちゃんとお礼するからね」

「お、お礼⁈」

「欲しいものとかある? 食べたいものとか、行きたいところでもいいよ」

 柊が美波に提案すると彼女はわたわたと慌てだした。

 それを見て姫がニヤニヤと笑いだす。

「ほう。美波はひーらぎとデートか。我は留守番でもしておくかな」

「なっ、なななな何を言ってるのよ! 姫も一緒でしょ!」

「こういうときの立ち回りは我とてわきまえておる。ヒサギに教わったからな」

「ほんとヒサギ、姫にこういうことばっかり教えて……」

 会ったこともないヒサギに対して愚痴をこぼす美波である。

 それから、この話は終わりだとばかりにくるりと話題を変えた。

「あっそうだ。お礼といえば、先生に聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと?」

「うちの帰り道にね、よく邪気じゃきたちが集まってる場所があって……邪魔ではないんだけど視界に入るから気になるのよね。あれをなんとかする方法を教わることはできるのかしら」

「美波ちゃんが? お祓いするの?」

「そんな大それたものじゃなくて、ちょっと見えなくするくらいでいいのよ」

「うーん」

 美波のお願いに柊は首をひねりながら唸る。

 あれを祓うとなると、本来ならある程度の修行が必要なものだ。ちょっと見えなくする、と言っても祓っていることに変わりはない。

 彼女に技そのものを伝授するのではなく、技が発動する物を渡した方がよさそうだ。

「じゃあちょっと強力な御守りを作ってあげるよ。小さい邪気程度なら祓えると思うから」

「わー、ありがと!」

 嬉しそうにお礼を述べる美波に、

「色気がないのう」

 姫は肩をすくめるのだった。

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