第2章
第20話 治療院の新しい日常(1)
とある晴れた日の午後。
「
治療院の扉が勢いよく開かれた。古めかしいその扉は、あまりの勢いに窓ガラスを揺らしてガタガタと音を立てる。
受付に座っていた
「こんにちは、美波ちゃん。ドアを開けるときはもうちょっと静かにね……」
壊れるからね、と柊は小さく付け足す。美波はあははーと笑いながら静かに扉を閉めた。
このやりとりは今日が初めてではない。ほぼ毎日繰り返されている。ここ最近の治療院の新しい日常だ。
待合室に入ってきた美波に柊は尋ねた。
「ええと……念のために聞くけど、治療に来たわけじゃないんだよね?」
「家に帰る途中にあったから寄っただけよ」
「そうだよね、知ってた」
まるでコンビニ感覚だ。柊は思わず苦笑いをこぼした。
あの日——
用もないのにこうやって学校帰りに立ち寄るし、土日で治療院が休みの日などはお菓子や食事の差し入れを持ってくるようになった。
(恩返し……とか思ってるのかなあ)
好意的に受け取っているがしかし、毎回元気よく扉を開けてくれるので治療院が壊れてしまうのではないかと少しハラハラしてしまう。
「あれ? 今日は患者さんいないんだ?」
待合室と診察室を見渡しながら美波が口を開く。
ここ二週間、彼女はこうやって学校帰りに立ち寄っては、診察待ちの患者さんと世間話をしたり介助の必要な人に手を貸したりと手伝いをしてくれている。患者は高齢の方が多く、美波は町の数少ない未成年者ということもあって、彼女のことを悪く言う患者は今のところはいない。
ゆえに邪魔だと追い返すことも出来ないが、柊にとっても今のところ邪魔にはなっていないので何の問題もなかった。
「じゃあ今のうちに軽く掃除しちゃおうかな」
待合室の一角に荷物を置くと、美波はさも当然のように掃除用具置き場に向かう。邪魔どころか、柊のやる雑務が減ってだいぶ楽になった。
「月末になったらちゃんとバイト代払うからね」
「別にいいわよ。先生にはこの前から助けてもらったし」
「あれから変わったことはない? 夢見が悪いとか」
「今のところは大丈夫。毎日よく眠れてるし、学校でも変なのは見かけなくなったし」
なんであんなに
美波には詳しく説明していないが、柊はその原因を知っていた。
原因は彼女自身だ。
というと少し語弊があるか。彼女に宿った『鬼』の存在が覚醒しようとしたことが原因で周囲の邪気を引き寄せ、ひいては
門は無事に閉じられ、覚醒しかけていた鬼も封印した。完全に
とまあ彼女自身が原因であるので、それを美波に説明するのははばかられた。世の中には言わなくてもいいこともあるのだ。
柊は改めて美波の姿を確認する。こんな少女の中に鬼が封印されているなど、誰が想像するだろうか。
その美波はちょうど掃除機をかけ終えたところだった。くるりと軽やかに柊の方を向き直ると口を開く。
「月見里先生、カルテの整理あるならやってていいよ。受付には私が座っておくから」
「ほんとに? 助かるよ」
「いいのいいの。私のためでもあるんだから」
「?」
美波の言っていることがいまいち分からなかったが受付の申し出はありがたい。柊は場所を明け渡すと診察室へと入っていった。
そこへ住居である二階から小さな足音が降りてくる。
「なんだ美波。また来ておったのか」
そう声をかけてきた小さな足音の主は姫だ。柊の親戚の子だと美波は認識している。本来なら小学生なのだろうが、彼女は
「そういう姫はまだお家に帰らないの?」
「家にはひーらぎが連絡してくれているから帰らなくていいのだ」
「ふうん」
美波は少し不服そうに唇をとがらせた。それを見て姫はにやりと笑う。
「ふむ。我がおるとひーらぎと二人きりになれないから嫌だということか」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「こうやって仕事を手伝ってひーらぎの仕事を早く終わらせて、どうせ土日にどこかへ遊びに行こうという魂胆じゃろう」
「べべべ別に」
「残念だったのう。もれなく我がついてくるぞ」
「……」
美波は姫をじっとりとねめつけた。それから短くため息をつく。
「別に姫が一緒でもいいわよ。楽しいし」
「では今度の土日に遊びにいく計画でも一緒に立てるか。美波とも一緒に行きたいと我が言えば、ひーらぎも断りづらいだろう」
「姫……すきっ!」
途端に手のひらをくるりと返して姫に抱きつく美波であった。
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