第16話 陣を敷け
柊は廊下の先を見据えた。廊下には何もいない。美波はきっとこの先のどこかの教室にいるのだろう。
「邪気と対峙して気づいたんだけど、校舎内の邪気はその辺にいるのと比べると少し強いみたいだ」
「美波に憑いているものが強化したのだろうな」
「おそらくね」
柊は言葉を続ける。
「美波ちゃんの周りにも護衛がわりの邪気がいるはずだ。姫はさっきの壺、使える?」
「いや……すまぬ、あれは一日に一回が限度だ」
姫がしゅんとうなだれる。柊わあたふたと慌てた。
「姫が謝る必要はないよ。もともと壺の存在は考えてなかったから。じゃあ僕の式神を使おう」
柊はそう言いながら懐から
さらさらと砂状になったそれが、小さい姿を形作る。
目の前に小さな女の子が現れた。姫よりも小さい。頭の上にハムスターのような耳が付いている。
「
柊に呼ばれて、子子と呼ばれたそれは「はいっ」と片手を上げた。
「封殺の陣を敷く。対象者の容姿はあとで思念で飛ばすから、その周りに陣を敷く補助をしてくれ。石を渡しておく」
「わかった。索敵いる?」
「いらない」
「種ある?」
つぶらな瞳で小首をかしげて柊を見上げてくる。昔飼っていたハムスターによく似ている。
根負けした柊は苦笑いをこぼした。
「……あとで買っておくよ」
「やったー! 行ってきまあーす」
子子はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶと、そのままぽんっと姿を消した。
姫はそのやりとりに目を白黒させていたが、はっと我に返ると柊に詰め寄った。
「今のはなんだ! 可愛いのう!」
「あの子はネズミが神霊になったものだよ。力はないけど動きが素早くて隠密行動が得意なんだ。あと、ひまわりの種が好きだ」
「素晴らしい!」
どうやら姫は子子が気に入ったようだ。
姫くらいの力があれば、あの程度の式神なら使役してもよさそうだが、本家は不要だと思っているのだろうか。
柊は少し顔を曇らせたが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「子子に下準備をしてもらっているうちに僕たちも行こうか」
「ああ。案内しよう」
こっちだ、と姫は駆け出す。
そうして廊下の真ん中くらいで立ち止まった。それからそっと指をさす。
「ここだ」
扉の上には『2年4組』と札が掲げられていた。
柊は眉をひそめる。
「……結界?」
思わず口に出してしまったように、その扉には結界が施されていた。姫も同じように眉をひそめる。
「うむ。美波が結界を張ったのかの?」
「もし彼女が鬼に乗っ取られているのならばそれは有り得ない。結界の内側は浄化された空間だからね。存在できなくなる」
「中にいる
「子子がどうにかしてくれたのでは?」
「あの子はこれだけの結界が張れる力は備わってないよ」
柊と姫は難しい顔をしたまま顔を見合わせた。
しかしここで考えていても
「とにかく、この結界が邪気にとって不易なものであれば、僕たちは難なく中に入れる。行ってみよう」
柊は扉に手を伸ばした。姫がこくりと頷くとそれを合図に勢いよく扉を開ける。
教室の中央に彼女はいた。
美波の姿をしたものが、教室の中央で浮いている。
その事実が彼女がヒトではないことを証明していたが、もっと鬼のような形相をしているのかと思っていたらそうではなかった。
美波が、宙に浮いて苦しみもがいている。ここに張られている結界が理由だろう。
「美波ちゃん!」
「やま……し……先生……?」
柊の呼び声に、美波は微かに顔を向けた。どうやら美波本人の意識が残っているらしい。やっとの様子で声を絞り出す。
「美波ちゃんの意識がある?! とにかく救出しなきゃ!」
彼女の意識は深いところで眠っていると姫は言っていたはずだ。なぜ彼女自身の意識が存在しているのか。原因は不明だが、衰弱しているのは確かだ。
問題の鬼の気配はと言えば、彼女の周囲を黒い
「
「待ってて!」
柊は美波へ向かって駆け寄る。すると周囲を取り巻いていた
「くっ」
柊はなんとかギリギリで身をかわすと一旦後ろに退いた。
<
<はいっ>
柊が心の中で呼びかけると、どこからともなく元気な声が返ってきた。
<僕が鬼を引きつける。その間に石を配置してくれ>
<かしこまりー>
軽いノリの返事が聞こえる。
「姫は下がって待っててね」
柊は微かに笑うと再び一歩前へと出た。
ここからはひたすら気を引くだけだ。しかし先ほどの爪が厄介だ。
「なにか武器があればいくらかやりやすいんだけど……」
柊は眉を寄せた。すると美波が再び声を絞り出す。
「せん……せ……お、まも……さい、ふ……」
指をさした先に学生鞄が落ちていた。
「御守り! ごめん美波ちゃん、鞄開けるね!」
柊は窓際に転がる鞄へと飛びついた。
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