第14話 門のその先は隠り世

 柊と姫は躊躇ちゅうちょなくその境界を飛び越えた。

 その境界——学校の校門が現世うつしよかくの境界線になっていた。門はいわゆる結界だ。

 柊は『亜空間』と言っていたが、今歩いている学校の敷地は現世のそれと似せてはいるものの、まったくの別物だった。

 当然、普通の人にはこれまでと変わらない学校が見えている。しかし先ほど校門の前にいた茜がそうであったように、なぜか中に入ることができない、入る気にならないのだ。

 それはその者が隠り世に存在することが有り得ないからだ。空間自体がその人間を拒否していて、人も無意識のうちにその場所への存在を見いだしていない。茜もその例に漏れず、無意識に門の先の世界は自分の居場所ではないと悟っていた。だから美波のことが気になりつつも、いつまでたっても一歩踏み出すことができなかったのだ。

「姫、美波ちゃんの場所は特定できそう?」

 正面玄関の前に立って校舎を見上げていた柊は、隣に立つ姫に確認する。彼女は曖昧にうなずいた。

「美波の気配は高いところにある」

「高いところ……二階か三階ってことかな。屋上ってこともある」

「それと、その手前に門がある」

「門、か」

 それは隠り世の入口だ。さきほど柊と姫が入ってきた校門は、正確には門ではない。ただの境目だ。姫の言った『門』とは、隠り世が広がる起点である。

 なんらかの理由によって発動し、その門からあふれ出した隠り世の気配が、現世の場所を上書きする。そうやって亜空間が突如できるのだ。

「早々に門を閉じたいところだけど、先に美波ちゃんと合流かな」

 柊は手元の短冊に何やら書き込みながら口を開く。姫は首をかしげた。

「先に門を閉じてはいけないのか?」

「美波ちゃんを隠り世に置いたまま閉じてしまう可能性があるからね。美波ちゃんのほかに人の気配はありそう?」

「いや。あとはおそらく邪気だらけだ」

「じゃあ順番としては、美波ちゃんを救出してから閉門だね」

「ならば案内しよう」

 姫は短くそう言うと、正面玄関から横にそれて校舎校舎裏に向かって駆け出す。

 正面玄関のある校舎の裏からは渡り廊下が延びていて、次の校舎につながる。その校舎の横を延々と走ると、更に渡り廊下が見えた。その先にまた校舎が一棟ある。

「霧でよく見えぬが、むこうの上の方に気配がある」

 姫が指を指したそのときだった。その姫をめがけて、三体の邪気が飛び降りてくる。

 柊はすかさず短冊を取り出した。

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう呪符退魔じゅふたいま!」

 文言を唱えるとすかさず邪気たちへと投げる。三体は一瞬にして蒸発した。

 それを皮切りに、物陰からどんどんと邪気が飛びかかる。

 柊は同じように短冊を手早く投げる。邪気が蒸発する。するとその後ろからすぐに次の奴らが飛びかかってくる。

 前もって呪符を作っていたが、すぐに足りなくなりそうだ。

らちがあかないな」

 柊は小さく舌打ちすると形代かたしろを取り出した。筆ペンでさらさらと何やら手早く書き上げる。口の中で小さく呪文を唱えると、それに息を吹きかけた。

 春のそよ風よりも微かな吐息だったが、突風が吹いたように周囲の邪気を弾き飛ばした。柊たちの周囲だけが開けて、そこに小さな結界ができあがり、浄化されたように不思議な光がす。

 その中心で形代はひらりと舞い上がった。

 砂のようにさらさらと流れると、何かの輪郭を作り始める。数秒後には屈強な男の姿を創り出していた。身長も二メートルは超えているのではないかというほどの大柄な男だ。それが微かに空中に浮いて、柊を見下ろしている。

 その筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男がにかりと笑顔を見せた。

「久しいな、あるじよ」

「久しぶりだね寅王とらおう。ゆっくり再会を喜びたいところだけど、とりいそぎ邪気を一掃してくれるかな」

「承知」

 寅王と呼ばれたそれは背中に背負った大きな剣を構えると、言うが早いか結界から飛び出した。くるくると飛び回っては、まるで踊るようにどこか楽しげに周りの邪気をなぎ払っていく。

 圧倒的に強い。

 姫が圧倒されながらも口を開いた。

「あれが式神か」

「ああ、姫は見るのが初めてだね。彼は寅王、武にけた神霊だよ」

「あれだけ強ければ術者は戦う必要などないな」

「そうでもないよ。式神を使うには彼らより強い必要がある。彼らも呪物のひとつだからね、こちらが弱くなった途端に食われる」

 そう説明する柊はつまり、目の前で闘っている寅王よりも強いということだ。

 彼の強さを実感して見上げてくる姫に、柊はにこりと微笑みかけた。

「さて。もうすぐ寅王召喚時の結界の効力がきれるし、彼が相手をしてくれてるうちに僕たちは美波ちゃんを探そう。彼は注意を引きつける奇術を持っているから、その辺の邪気はもうこちらにこないよ」

「わかった。ではあそこから建物の中に入ろう」

 姫は前方を指さす。

 その先の昇降口を確認して柊はうなずくと、結界から飛び出した。

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