第11話 ホラーは苦手なんですけど
自分がこんな不可解なことに遭遇するなんて、これまで美波は欠片も思ったことがなかった。
美波は教室の真ん中で鞄を抱えたまま動けずにいた。
相変わらず扉は開かない。
まだまだ残暑が厳しいといえども秋分の日を過ぎてしまえば日が落ちるのもだいぶ早い。窓の外はすでに薄闇だ。
その薄闇の中にぼんやりと見える、たくさんの顔。
「さいっあく! ホラー苦手なんですけど?!」
教室の窓にへばりつくたくさんの邪気を見ながら美波はげんなりする。
窓越しに沢山の顔、しかもこの教室は三階。通常だったらとっくに失神しているところだ。彼らが『邪気』という美波の中ですでに認識しているものだったので、恐怖が幾分か和らいでいるだけだ。
美波は黒板の横にかかっている時計を見た。針は午後六時を回っている。
(おかしい……普通ならもっと早くに見回りが来てるはずだけど)
美波の学校は午後五時半以降に用務員がすべての教室を施錠して回っている。部室棟と自習室を除いて、午後六時にはすべての生徒が校舎から追い出されているはずだ。
(気づかないはずはないよね……)
廊下側にも窓はあるのだ。教室内に生徒が残っていれば必ず声を掛けてくるはずである。
その廊下側の窓にも当然邪気がびっしりとへばりついているが、これは美波にしか見えていないはずで、用務員の方からは彼らを無視して中の様子が分かるはずだ。
「茜、帰ったかなあ」
校門で待たせている友人のことを思い出した。化学教員室の前で別れてから一時間以上経つのだから探しに来てくれないだろうか……などと淡い期待を抱いてみる。しかしそんな気配もない。
(
美波の方がどれだけやる気満々でも、ここから出られないので打つ手がない。
周りに集った邪気が中に入ってこないだけマシだと喜ぶべきだろうか。それとも、入ってこようと扉を開けたところを脱出できるのにと悔しがるべきか。
(開くのが窓なら意味ないけどね)
さすがに三階から飛び降りる勇気はない。
そのときだった。
美波の背中を、ぞくりと悪寒が走った。
かと思えば、急に意識が遠くなるような感覚に襲われる。目の前が唐突に
(え、これって……)
数ヶ月前からうなされていた夢に似ている。あの日、
(お祓い……してもらったのに……)
そういえば柊は長くは効かないと言っていた。急にドンと来る、とも言っていた。今がそのときなのだろうか。
「にしても……こんな唐突に、くる……?」
立っていられずに美波はその場に座り込んだ。
「せんせ、いつでも来いって言ってたけど……こんなの、無理じゃん……」
苦笑いをこぼそうと思ったが、もうその力もない。
意識を保っているので精一杯だが、それももう長くは持ちそうになかった。意識や五感すべてが無理やり肉体から引き剥がされそうな、そんな感覚なのだ。
もう何も聞こえない。何も見えない。床に座っているのかも、立っているのかも分からない。
(駄目……乗っ取られる……)
美波は直感的にそう思った。何にそうされるのかは分からない。
せっかく柊に作ってもらった護符も、あまり効き目はなさそうだった。だってそれは内側からくるものだからだ。外側にどんなに強力な結界を貼ったところで意味はない。
しかしそれが何なのか、美波に確認する
そして次の瞬間、彼女は立っていた。
「なるほど。人の肉体とは物の怪のものと違って重たいものよ」
床にうずくまっていたはずの美波は、何事もなかったかのように立っていた。しかしその口から発せられる声は、彼女のものではなかった。厳密に言えば、彼女の声に何かが混ざったような声だ。
美波の姿をしたそれは、教室の真ん中に立ったままぐるりと周囲を見回す。窓の外でひしめき合っている邪気を見ながら、ニヤリと口角を上げた。
「長らく待たせたな邪気たちよ。さあ、私の力を分け与えよう。思う存分暴れるがよい。そして集めた力を私に還元せよ」
そう言うやいなや、今までピクリともしなかったはずの窓や扉が一斉に開かれる。そして外でひしめき合っていた邪気たちが、なだれ込むように美波の足元に転がり込んできたのだった。
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