第8話 心当たりはないけれど

 護符ごふを受け取った美波を見て、姫は満足げにうなずいた。

「やっぱりひーらぎの力はすごいのだ」

 まるで自分のことのように喜んでいる。具象化する前のものが見えてしまう彼女にとって、柊のそれはきっとキラキラと輝いて見えているのだろう。まるで宙を舞うシャボン玉にそうするように、美波の方へ手を伸ばしている。

「ひーらぎの護符を身につけた途端に美波の周りが整った。なかなか見られない綺麗な結界だぞ」

「そういえば、身体もすこし軽くなった気がするわ」

 美波が安堵の色を浮かべたところで、柊は座り直した。

「ところで美波ちゃん、少し確認したいことがあるんだ」

「確認?」

「今の美波ちゃんの状態なんだけど、長年蓄積したものって感じではないんだよね。つまりどこかから拾ってきたと考えられるんだけど……美波ちゃんには心当たりある?」

 柊の質問に美波は首をかしげた。ひとしきり記憶を巡らせてから、首を横に振る。

「えっと……『拾ってきた』ってことは心霊スポットとかそういうところでしょ? 肝試しの趣味はないし、そういう場所に近寄ることはないわ」

「例えば通学路に怪しい場所とかもない? 廃墟とかじゃなくても、古びたほこらだとかお地蔵様だとか」

「うーん。うちから駅の間もそういうのは特にないし、電車に乗って駅で降りたら目の前が学校だしなあ」

「そうか……」

 柊は少し考え込む。

 しかし彼女に思い当たる場所がなくても、柊が最初に美波に触れたときの感触がだと告げていた。時間をかけてゆっくりと馴染んでいるものではない、これは無理矢理にくっついてきたものだ。

月見里やまなし先生はそれを聞いてどうするの?」

「いや、ね。もし美波ちゃんに思い当たる場所があれば、週末にでも様子を行ってみようかと思って」

「肝試しをするってこと?」

 美波が首をかしげるので、柊は小さく吹き出した。

「あはは、違う違う。こういうのはもとを絶つのが一番手っ取り早いから」

「先生ってそういうのもできるの? 本格的なお祓いってこと?」

「なんだ。美波は知らぬのか」

 するとそこで姫が会話に入ってきた。

「うちは昔からある祓い師の家系だぞ。もちろんひーらぎもな」

「コラ、姫。余計なことは言わなくていいから」

「祓い師……」

 姫の言葉に、美波はふと昨日の朝電車の中で出会った人物を思い出した。この辺で有名な祓い師を探していると言っていたが、もしかしたら柊のことだったのかもしれない。だったら彼には悪いことをしてしまった。

 美波は念のために確認する。

「先生って、もしかしてこの辺で有名な祓い師?」

「へ? なんで?」

「昨日の朝ね、祓い師を探してるって人に会ったの。この辺に有名な祓い師がいるはずなんだけど知らないかって」

「それで僕の名前出しちゃったの?」

「ううん。お寺か神社を探してるのかなと思ったから、知らないって答えちゃったの。でももし先生のことを探してるんだったら、その人に悪いことしたなあって思って……」

 柊は一瞬言いよどんだが、すぐにぱっと顔を明るくした。

「全然問題ないよ。お祓いで看板を出してるわけじゃないし、特に宣伝を出したりもしてないよ。いつも美波ちゃんにやったようなことを誰彼にやってるわけでもないし。だからその人が探してるのは別の人じゃないかなあ」

 接骨院にやってくる患者の中にも、何か肩に乗せてそうな人がいたりするが、柊はいつも無視を決め込んでいる。

 今回、美波の状況にこうやって介入しているのは、早いうちになんとかしないと、美波に憑いているものが柊自身の生活をおびやかしてくる可能性があるからだ。

 でなければ、治療院の前でうずくまっていたからといって、こんなに親身になりはしない。

(僕は薄情だからね)

 柊は心の中でこっそりと一言付け加える。

「そっか。じゃあいいか」

 美波もあっさりとうなずいた。

 それから「あっ」と声を上げる。

「学校で思い出したんだけど、夏休みの間に合宿があったの。山の中にある旅館みたいな宿泊施設に何泊かしたんだけど、その辺に心霊スポットがあったのかも?」

「場所はどのあたり?」

「えっと……」

 美波は鞄からスマートフォンを取り出すと、地図アプリを起動して場所を検索し始めた。

「……で、ダムを渡って湖沿いに走ってたから……ここかな」

 正確な住所や名前は覚えていなかったので、バスで通った道をなんとか思い出して場所を特定する。地図の画面を柊へと手渡した。

(……行ってみる価値はあるか)

 地図に示されているあたりのいわくつきな話はあまり聞いたことがないが、現地に行けば何かわかるかもしれない。

 ありがとう、とスマートフォンを美波に返すと、彼女は柊の顔をのぞき込んできた。

「先生、週末にここ……行くの?」

 下手に肯定すべきではないな、と柊はとっさに思った。

「うーん。保留、かな」

 肯定したらついて行くと絶対に言い出しそうな顔をしている。柊は語尾を濁したのだった。

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