第7話 御守りを作る
型にはいろいろあるが、柊がよく使うのは清めた紙に朱色の墨で図形のような呪文を書いたものだ。
書くだけでは単なる落書きだが、それを強力な結界——つまり御守りとして使う場合にはそれなりの力を注ぎ込まなければならない。そのために書き順は当然のこと、時間帯や書く場所、星の配置など様々な要素が必要になる。
その護符を、今、作っている。
「
目の前に座る美波が小首をかしげた。
一夜明けて、今は治療院の昼休みの時間だ。美波は約束通り治療院にやってきた。昨日と相変わらず邪気がちらちらと視界に入るらしいが、教えたとおり無視を決め込んでいるようだ。
今回は書き物があるので、いつもの待合室ではなく診察室で話をしているところである。
「そうだね。御札と御守りは同じものだよ。違うといえば、御札は神棚に祀るもの、御守りは身につけるものってとこかな」
柊は返答しながら美波に紙を一枚とボールペンを寄越した。
「ここに名前……は知ってるから、住所と生年月日を書いてくれる?」
「わかった」
美波は素直に住所を書き始める。
本当は昨日のうちに護符を作ってしまおうかと思っていたが、その力をより強固なものにしようと考え直したのだ。そのためには護符使用者の名前や住所、生年月日を書き入れる必要がある。使用者を限定することで力が増すのだ。
柊は書き終わった個人情報を受け取る。あとはその情報を図形の中に書き込むことで結界は完成する。
「ひーらぎー」
すると、二階から降りてくる小さな足音と共に、朗らかな呼び声が聞こえてきた。その足音はまっすぐにこちらへと向かってきて、ものの数秒もしないうちに診察室の引き戸がガラガラと音を立てて開く。
「あ、こら。仕事中は降りてきたら駄目だって」
「だって護符を作るのだろう?」
「そうだけど、姫がここにいる必要はないでしょ」
「姫が見たいだけだ」
姫はそう言うと、空いている椅子に腰を下ろした。
その様子を美波は少し驚いた顔で見ている。
「女の子……
「違う違う。親戚の子なんだ」
柊があははと笑うと、
「姫は姫だ」
姫が自己紹介をしてきた。突然現れた小学生に、美波はにこりと微笑む。
「そっか姫ちゃんか。南雲美波っていいます、よろしくね」
「お前、ひーらぎのコレか?」
「ふへ?!」
コレ、と小指を立てられて、美波は素っ頓狂な声をあげた。
突然のジェスチャーに柊も慌てて否定する。というか、小指を恋人に見立てるなんておっさんみたいな知識をどこで仕入れてきたのか。
「違うって! ていうかそんなのどこで覚えたの」
「ひさぎ」
「……あいつ」
ひさぎという名前が再び出て、思わず柊は頭を抱えた。姫に電車の乗り方を教えてくれるのはありがたいが、余計な知識まで増やすのは勘弁だ。
柊は短いため息をつくと、姫に説明した。
「美波ちゃんはね、邪気が見えて困ってるんだよ」
「ふむ……歪んでおるな」
「歪む?」
姫の言葉に、今度は美波が少しだけ眉をひそめた。悪口かと思ったのだ。
しかし姫にはそのつもりはなく、美波の周りを観察するようにじっくりと眺めている。
「美波の周りの気が歪んでおる。自然な感じではなく、誰かが無理矢理ねじ曲げた感じだな」
「気が歪むってどういうこと?」
「ぐにゃっとしていて、場所を取り合おうとしておる」
「?」
美波の質問に姫は答えてくれたが、意味がよく分からない。
「それよりも、ひーらぎが護符を作るところを見ておくとよい。ひーらぎの護符はな、ぽかぽかするのだ」
「ぽかぽか?」
その言葉に柊の方を見れば、和紙に小筆を走らせていた。文字のような図形のような不思議な形を、迷いもなくさらさらと書いている。それは美波にとって魔法のような不思議な光景だった。
姫が『ぽかぽか』と表現していたが、なるほど春先の縁側に座ったような感覚がする。
「ひーらぎが力を使うと周りが白いような青いような明るい色になって、春のお日様みたいに暖かくなる。こんなに力があるのになんで一族の屋敷に帰ってこないのか。皆ひーらぎを探しておるのに」
「月見里先生と姫は一緒の家に住んでいたの?」
「姫が産まれたとき、ひーらぎはもういなかった。でも皆の会話によく出てくるから名前は知っていた」
「探してるって、どういう……」
美波が言いかけたとき、柊の声がそれを
「はい、美波ちゃん出来たよ」
柊は四枚の札を渡してくる。
「これを折りたたんで綺麗な封筒に入れるか、白い紙で包んで持ち歩いてね。鞄とかお財布に入れておくといいよ」
「ありがとうございます。四枚もあるから、四回分ってこと?」
「四神だから四枚だよ」
「四神……あの龍とか虎とかの」
「そう。青龍、白虎、朱雀、玄武。美波ちゃんを守ってくれますようにってお祈りしておいたからね」
「ひーらぎの護符はよく効くぞ」
柊のぽかぽかの力を堪能した姫が、満足げに補足した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます