第6話 見覚えのある姿
「お大事にー」
柊のおの声と同時に治療院の扉が開く。
数人の年配女性たちが朗らかに手を振りながら出て行った。この患者で本日の治療は終わりだ。
開院した当初はこんな
田舎で新設の治療院なんて自分だったら
(ただの集会所代わりになってるだけな気もするけど)
待合室を少し広めに確保しておいてよかったな、などと思いながら、柊は入口の扉を施錠した。この後は清掃と洗濯をしてカルテ入力まで終われば今日の業務は終了だ。
「これ終わったら美波ちゃん用のお守り作らないとな」
寝台用のシーツを洗濯機に放り込みながら、柊は必要な物を思い浮かべる。準備するのは小筆と和紙と朱色の墨だ。
「森永のおばあちゃんが小学校の前で文具屋さんやってるんだっけ」
患者のひとりを思い浮かべながらちらりと時計を見ると、針は午後五時を少し過ぎたところだった。確かお店はいつも六時までやっていたはずだ。待合室で話しているのを以前耳にしたことがある。
柊は洗濯機のボタンを押すと、財布だけ持って裏の扉から外に出た。
お店に向かう道すがら左右を確認しながら歩く。
(確かに……いるなあ)
治療院に飛び込んできた美波を思い返しながら、柊は周囲をなんとなく確認してまわる。
悪い気が集合して具現化したもの、邪気。それはまだ小さいながらも、そこかしこにちらちらと姿を現し始めていた。
(あとで庭の方にも塩まいておこうかな。あー玄関にしめ縄張っておかなきゃ)
今日はやることが多いなあと指折り数えていたそのときだった。
「ひーらぎ」
少したどたどしい口調で呼び止められた。柊ははたと足を止める。
声のする方を振り返ってみると十歳前後だろうか、そこには艶やかな黒髪をした女の子が、和装姿で立っている。まさに日本人形のようだ。
その少女の姿に見覚えがあって、柊は少し青ざめた。
「探したぞ、ひーらぎ」
「……姫?」
姫、と呼ばれて少女はご満悦とばかりににこりと笑う。
「隠れても無駄だ、ひーらぎ。昨日の夜中、力を使ったであろう」
「あはは、使いましたね」
「ひーらぎの力は分かりやすいからな。使うとすぐに分かる。だからはるばる会いに来てやったぞ。お前のせいで小遣いがなくなってしまった」
「姫、もしかして電車で来た?」
尋ねると、姫と呼ばれた少女は満足そうに大きく
「ひさぎが乗り方を教えてくれた」
「え、ヒサも来てるの?」
青ざめた表情のまま、柊は更に焦りの色を浮かべる。
すると姫はふるふるとかぶりを振った。
「違う、一人で乗ってきた。どうだ、すごいだろう」
そんな彼女はますます得意顔だ。その顔に『褒めろ』と書いてある気がする。
連れがいないことにあからさまに安心しながら、柊は膝をついて目線を合わせる。それからにこやかに姫の頭を撫でた。
「すごいじゃないか! あんな山奥に住んでて、何も出来ないまま育ったらどうしようかと思ってたけど」
「ほかにも色々できるようになったのだ。見たいか?」
「うんうん。見せて欲しいけど、先に買い物に行ってもいいかな?」
「買い物!」
姫はその憧れの単語を耳にして、目をキラキラと輝かせた。その姿に、柊は一瞬だけ哀しげな顔を浮かべる。
しかしその表情をすぐに隠すと、柊は姫の手を引いて歩き始めた。
「じゃあ姫の欲しいものを買ってあげよう」
「頼むぞ。お前のせいでお小遣いがもうないからな」
姫はそう言いながら新品のICカードを
そのカードを満足げに眺めてから再び袂にしまうと、柊の顔を見上げてきた。
「ところでひーらぎ。どうしてこの場所はこんなに乱れておる?」
「姫にはそう見えてるの?」
「生まれたての邪気が、こうもウロウロしていると少し気になる。あと……なんか歪んでおる」
「歪んでいる?」
「うーむ、まだよく分からん。この土地のものではないものが混ざってきている感じはするが……」
姫には昔から少し人と違う力があり、どうやら具現化する前の『気』が視えるようなのだ。柊の居場所が分かったのも同じ力で、遠く離れていても力の発現を視ることができる。見る、というよりは感じるに近いもののようだが。
「もしかして、昨日僕が祓ったから……」
「それは関係ない」
姫は強く断言した。そのまま言葉をつなげる。
「なんだ。ひーらぎはこの歪みと戦っているのではないのか」
「敵なんていないよ。目の前で困ったことがあったらちょっと対処してるくらいかな」
「では昨日の力の発現はなんだ」
「あれは邪気が玄関を壊そうとしたからお仕置きしたんだよ」
「ふむ」
納得したのか、姫は一言だけ発すると黙りこむのだった。
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