第4話 美波はうずうずしている
美波はうずうずしていた。
田んぼの真ん中に立つ治療院の前で先生とちょっとだけ交流してから最寄りの無人駅に到着し、一時間に一本しか来ない列車に乗って高校へ向かう二十分の間も誰かに話したくてうずうずしていた。
昨日あった出来事を誰かに話したい。通学路に治療院があったこと。そこのおじさん先生にお祓いをしてもらったこと。直後から身体が軽くなって、夜も夢見がよくてぐっすり眠れたこと。
(話したいのに……どうして誰もこの路線にいないのよ!)
八つ当たりしたい気持ちをどうにか抑えて、美波は拳を握りしめた。列車の中で暴れたりしたら途中下車は必至だ。そうなったら恥ずかしさの極みだ。
運良くひとつだけ空いていた四人掛けのボックス席の窓際に腰を下ろした美波は、流れる田園風景をぼんやりと眺めていた。植えられているのが稲なのか麦なのかは全く興味ないが、風にさやぐ風景はいつ見ても癒やされる。
(それにしても、あんな田舎道に治療院が出来てたなんてなあ。なんで今まで気がつかなかったんだろ)
美波はしみじみと思い返していた。
毎日通る通学路。確かに昔からあのおんぼろの建物はあった。
いや、建物自体は非常に目立つのだ。なにせ田んぼや畑しかない十字路にぽつんと立っている。でもそれが何の建物なのか今まで気にとめたことがなかったのだ。単なる民家、風景の一部だった。むしろ、自分が小学生の頃には『お化け屋敷』と
それが、認識した途端、霧が晴れたように綺麗に見えるようになった。
よくよく思い返してみれば、お化け屋敷の頃とは打って変わって、垣根も
「お姉さん、嬉しそうだね」
急に声を掛けられて、美波はハッと我に返った。顔を上げると、ボックス席の対面に座る男性がこちらを見ている。歳は二十代後半から三十過ぎくらいだろうか、見かけたことのない男性がやんわりと微笑んでいた。
「いや、さっきからすごくニコニコしてるから」
「え、やだ。顔に出ちゃってた?!」
「出ちゃってたよ」
言われて美波は慌てて両手で頬を覆う。八つ当たりで大暴れしていなくても気持ちが大暴れしていたようだ。恥ずかしさの極みだ。
そんな美波を眺めながら、目の前のお兄さんはしみじみと口を開いた。
「俺もいいことないかなあ」
「お兄さん、何か大変なの?」
「そうなの。いっそお
「あー、お祓い。いいですね」
タイムリーな話題が出て、美波は食いついた。誰かに話したくてうずうずしていたのだ。話題提供してくれた見ず知らずのお兄さんの好感度がちょっとだけ上がる。
「きみもお祓いの
「前はあんまり興味なかったけど、一度お祓いしてもらったらスッキリしちゃって。お祓いってすごいですね」
「あー体感しちゃったか。この路線に有名な祓い師がいるって聞いて探してるんだよね。お姉さん、どこか知らない?」
「この辺でお祓いしてくれるところ?」
すぐに昨日の
しかしすぐに候補から外した。『祓い師』というのだから、きっとちゃんとした神社とかお寺だろう。月見里は接骨院の先生だ。昨日も休憩の片手間でちょちょいとやってくれた感じだった。仮に副業でやっていて有名だったとしても、それならば同じ町内の美波の耳にも噂は入ってくるはずだ。でも昨日ばったりと出くわすまで認識すらしたことがなかった。
ゆえに除外。
ほかにどこかなかったかと考えを巡らせたが、思い当たるところはなかった。美波はバッサリと切り捨てるように返答する。
「知らないですね」
「そっかあ」
「早くお祓いしてもらえるといいですね」
「ほんとにね。余計な仕事が増えて困るんだよね」
「身体がだるかったりしますもんね」
とりとめのない話をしている間に、列車は目的地へと到着した。美波の通う高校もある、このあたり一帯で一番大きな駅だ。
立ち上がると、目の前のお兄さんも同じ駅で下車するようだった。改札を出たところで「じゃあ」と美波は手をあげる。
別れ際にお兄さんは言った。
「きみ、気をつけてね」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
しかしその後のつぶやき声は美波の耳には届かないようだった。
「でもほんとに祓い師知らないのかな。アレの気配がダダ漏れなんだけど……?」
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