第3話 先生は玄関の改良を考えている
田舎道の治療院の前。
早朝から柊は腕組みをしたまま、しばらくその扉を眺めていた。水色のような青竹色のような薄い青緑色の木製の扉は、古ぼけていて少しの衝撃でも壊れてしまいそうだ。
「うーん。オンボロだなあ」
しかし、今のところ扉が壊れているわけではない。
昨晩はこの世のものではない生き物から襲撃を受けたが、ドアが壊されるほどではなかった。優しい心を持った生き物だったんだなあと、少しポジティブに考える柊である。
では何を悩んでいるのかと言えば、建物に結界を貼ろうと考えているところなのだ。近いうちにあの女子高生は再び訪ねてくるだろう。そこで祓えば、力に釣られてまた何かやってくるのは目に見えている。
塩を盛るのが一番簡単だが、病院ではないにしても治療院の入口にそんなものを置いてしまえば、ついにあのおんぼろ家屋に何か
「玄関自体が結界ではあるんだけど……」
結界とはなにかを『区切る』ものだ。あの世とこの世、神域と外界、浄化されたものとそうでないもの。葬式のときの白黒の幕も結界の役割を果たしている。建物の内と外を区切っている玄関も当然その役割を果たす。怖い話などで窓や玄関はガタガタ揺れても中に入ってこられない描写が出てくるが、あれも玄関という結界に守られていて怨霊はそれを通過することが出来ないのだ。
猫だって雷の音に驚いて囲われた場所に逃げ込む、人間だって家という囲われた場所に帰れば安心する。キャンプに行けば寝袋でその辺に転がるよりもテントを貼る人の方が多いだろう。知らない間に結界の生み出す力や安心感を享受しているのだ。
その結界の強化について柊は悩んでいるところである。
「昨日の程度だと今のままでいいけど、数が増えたりもっと強いのが出てきたら耐えられるかなあ」
昨夜のように印を結んで強化する方法もあるが永続的ではない。御札かしめ縄か、はたまた扉に印や
するとそのとき。
「お月見せーんせっ」
唐突に横から声をかけられた。
「え、お月見?」
振り返ると、昨日の女子高生、美波が立っている。
「
「ああこれね。やまなしって読むの」
「え?!」
柊は苦笑いをこぼしながら看板を指さす。確かに、掲げてある『月見里ひいらぎ治療院』の上に小さく『やまなし』と読み仮名が振ってある。
美波は少しだけ頬を紅潮させて
「……や、ややこしい。だいたい何でこれで『やまなし』なのよ」
「月がよく見えるのは山がないからだ、ってことで
「なによ。最初に名字を作った本人はとんちを効かせたつもりかもしれないけど、結局ただの独りよがりの自己満足じゃない」
「あはは、確かに」
照れ隠しのつもりか唇をとがらせて拗ねる素振りをする美波に、柊は苦笑いをこぼす。それから、その元気な姿に安堵した。
「美波ちゃん、今日の調子はどう?」
「おかげさまでぐっすり眠れました! 身体も軽いし、先生のおかげだわ」
「それは良かった。ただそんなに長く効かないから、具合が悪くなったらまたすぐおいで」
「そういうのってすぐ分かるのかしら」
「急にドンと来たりするから、分かりやすいと思うよ」
「それは分かりやすいけどちょっと嫌ね……」
ドンと来る、と聞いて美波は少し嫌な顔をする。
しかし次の瞬間にはくるっと表情を変えて、明るい顔色で柊に尋ねてきた。
「あ! 風邪のときも来ていい?」
「あはは。風邪ならちゃんと病院に行ってね。うちは接骨院だから」
「じゃあ今日帰ったらばーちゃんに教えておくね。最近腰痛がひどくなってきたって言ってたから」
「ありがとう。広告をだす手間が省けたよ」
「昨日の治療費の代わり」
じゃあね、と元気よく手を振りながら美波は行ってしまった。通学の途中だったらしい。
柊は腕時計をちらりと見た。
「もうそんな時間か。そろそろ開院の準備もしなきゃな」
それからもう一度扉を見やると「うん」とひとつ
「決めた。しめ縄にしよう、しめ縄。神社みたいでいいじゃないか。神社じゃないけど」
もともと古い木造の建物だ。急に縄が一本増えたところで違和感はないだろう。そういえば昨日美波が神社と間違えていたなと思い返しながら、柊は扉を開ける。
「あー、聞きそびれたな」
そういえば美波に今回の原因となるものの心当たりを聞きたいと思っていたのだった。予想外の来訪だったのですっかり忘れてしまっていた。
「まあいっか」
そのうちまた来るだろう、と楽観的に考える柊だった。
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