第2話 先生の小さくはない秘密
治療院の診療時間が過ぎたあと。
そう、昼間に
お祓いやお焚き上げは神社でしか出来ないものではない。ましてや、柊には誰にも言っていない、接骨院の先生とは別の本職があった。この手のものは嫌というほど身体に染みついている。
「星が出てきたなあ」
火の番をしながらなんとなく空を見上げると、先ほどまで一面を
星を眺めれば星読みをするのが
「星がざわついてるなあ」
星読みのやり方、形代の使い方、お焚き上げの手順……まだまだある。結界の張り方に、悪気の退け方、そのほか様々な技術や知識を小さい頃からたたき込まれた。
柊は、そういう一族に生まれた。
「もうこういうことはやらないと思っていたんだけど」
ははは、と力なく笑う。
大学を卒業したあと逃げるようにして身を潜め、更に専門学校に通って資格を取ったのが約十年前。色々な接骨院や整骨院を転々としてきて、ようやく数年前に自分の治療院を構えることが出来た。
こんな片田舎に潜むようにして接骨院をやっている時点で察して欲しい。もうあの一族とはあまり関わりたくないのだ。そういう知識や技術だって、極力使わないように暮らしてきた。
しかし今日、美波という少女を目の前にしたとき、迷っている暇はないと思った。
治療院の前で彼女に触れたとき、ぞくりと背中を何かが走ったのだ。
それを、なぜ十五歳かそこらの女の子が背負っているのかは不明だが、今後アレが脅威を増してくるとなると、せっかく手に入れた己の平温な生活が
(原因が分かれば対処もしやすいけど、初めて会ったのにいきなり立ち入ったことも聞けないしな)
しかし美波本人にも言ったとおり、形代によるお祓いは一時的なものに過ぎない。仄暗い何かはまたすぐに影を落としてくるだろう。
(一旦清めたから次の予兆は分かりやすい、変化があったらあの子もすぐ来るでしょ。今度彼女が来たときにそれとなく原因を探ってみようかな)
焼き上がった灰に祈りを捧げながら、柊は少女のつかの間の休息を願った。
同じ日の夜。
その兆候は早速現れたようだった。
真夜中に、誰かが治療院の扉を叩く。
柊の自宅は治療院の二階だ。木造の年季の入った一軒家、一階の扉を叩く音は嫌でも響いてくる。
自室で布団に入っていたものの、寝付けずに何度も寝返りを打っていた矢先の出来事だ。ずっと胸の奥がざわついていたのだ。眠れなかった原因はこれだったか、と柊は小さくため息をつく。
扉を叩くその音はどんどん激しくなってきている。
(昼間の女の子……ではないな)
念を形代にうつしたのだから数日間は無事なはずだ。
「あいつらが早速文句を言いに来たのかな」
柊はそう言いながら布団から這い出ると、机の引き出しから半紙を取り出す。短冊のサイズに切ると、筆でさらさらと文字を書いた。御札の出来上がりだ。
それを五枚ほど作ると、柊は階下へとおりた。治療院の入口の扉が激しい音と共にビリビリと震えている。
「やめてよねえ。玄関のドアおんぼろなんだから」
急がないとガラス窓が割れてしまいそうだ。急いで鍵を開けると、観音開きの扉を盛大に押し開けた。
そのドアに弾き飛ばされて、何かが道の先に転がる。
そこにいたのはこの世の生き物ではなかった。
二本の手に二本の足、形こそ人としての体裁を保っているが、手も足もどこもかしこもガリガリに痩せこけて腹だけ妙に膨らんでいる。地獄絵で見る『
数は五体。察知していたとおりだ。
転がった先で体勢を立て直したそれは、一斉に柊に飛びかかってくる。
しかし柊に
それぞれの位置を冷静に確認すると、先ほど作った札を順番に投げ当てていく。
「ごめんね。アレはもうここにはいないよ、一度灰にして
札を貼られたそれはこの世のものとは思えない潰れた悲鳴を上げる。札と共に燃え上がると、そのまま煙になって消えていった。
「はい、終わり」
きっと今日裏庭で焚きあげた灰のかけらに釣られて寄ってきたのだろう。焼いたあとの灰にすら残っている強い念。一体、あの少女には何がくっついていたのだろうか。
「……」
黙りこんで考えたところで何の材料もないのだから、その正体が分かるはずもない。
柊は宙に五芒星を描くと手のひらを広げてそれを拡散させた。結界の出来上がり、といったところだ。
「彼女がまた来てから考えよ。ドア、壊れなくてよかったなあ」
しみじみと呟きながら、院内に戻る柊だった。
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