治療院の先生には秘密があるらしい
四葉みつ
第1章
第1話 少女の小さな秘密
草いきれの立ちこめる田舎道に建つ古ぼけた木造の治療院の前で、高校生だろうか、制服の女の子がひとりうずくまっていたのだ。
見上げれば残暑の太陽が痛いほど照りつけてきている。暑さにやられたのかもしれない。
「きみ、大丈夫?」
声をかけてみたが返事はない。柊は慌てて玄関の鍵を開けると、中に荷物を放り込んで再び少女の元に駆け寄った。
「大丈夫? 立てる?」
「んー……」
ぽんぽんと軽く肩を叩くと、小さく返事があった。彼女をなんとか立たせると、エアコンの効いた待合室に運び込む。長椅子に座らせて冷水に浸した濡れタオルを
「……あれ? ここは?」
「治療院の待合室だよ。暑さにやられちゃった? お水あるけど、飲める?」
「ありがと……暑さのせいではないと思うんだけど……」
「ふむ……」
柊は何やら思い当たったようだった。ちらりと横目で時計を見ると、少女の隣に腰を下ろす。
「午後の診察開始までまだ時間あるし、詳しく話を聞こうか」
「え、でも」
少女は言いよどんだ。その理由も、柊には分かっていた。
「大丈夫。どんな話だって聞くよ。たとえそれがこの世のものとは思えない話だったとしてもね」
「……」
少女は柊の表情から推し測っているようだった。それから確信したように
「数ヶ月前からときどき変な夢を見てて……さっき座り込んじゃったのも、たぶんそのせいだと思う」
意識がぼんやりとして身体の自由が利かなくなる夢を見始めたのが数ヶ月前。それが段々と現実でも起こるようになってきた。さっきもその夢の延長を見ているかのように目の前が
「夢と同じなんて言っても誰も信じてくれないだろうし……。でも、意識がぼんやりとしてきたときの感覚というか感触というか、それが同じなの。だからこれが夢の続きだとしか思えなくて」
少女の言葉に、柊は「うん」と力強く頷いた。
「君の見解は間違ってないと思うよ」
「えっ」
「ちょっと待ってて」
柊はそう言うと、一旦診察室に入り、中から紙とペンを持ってきた。
少女が受け取った紙は、まるで人の形のように切り取られていた。書道で使う半紙のような手触りだ。それを不思議そうに眺めていると、
「これは
ペンを手渡されて、少女は半信半疑のまま自分の名前を書いた。
それが少女の名前だった。
「美波ちゃん、いい名前だね」
「美波の漢字が東西南北の南だったら、上から読んでも南雲南、下から読んでも南雲南ってお笑いみたいに登場できるのにねっていつも言われる南雲美波です」
「そこまでは聞いてないよ……」
不安がっているわりにはスラスラと長い紹介をしてくれるので、柊は思わず苦笑いをこぼした。思っているより元気かもしれない。
「名前が書けたら夢のことやさっきあった夢の続きを思い浮かべて。それがこの紙に
美波は言われるままに目を閉じて一連の出来事を思い浮かべる。そのイメージを荷物みたいにひとまとめにして、美波は形代へぽんと引き渡した。
「最後に形代に息を吹きかけて」
ふーっとひと吹きすると、不思議と身体が軽くなったような感覚に襲われる。
そんな美波を見て、柊は上出来と言わんばかりに頷いた。
「はい、じゃあこの小箱に形代を入れて」
そう言いながら、いつの間にか準備していた小さな箱を美波の前にすっと差し出す。美波がその中に形代を入れると、柊は丁寧にその蓋を閉めた。
「これは僕が責任を持ってお
「お祓い? そんなことが出来るの?!」
「略式のね。ただし、これは一時しのぎに過ぎないよ。君の力は結構強いので、またいろんなものが寄ってくると思う」
「いろんなもの……そうなんだ……」
美波は少しだけ顔を曇らせた。その不安を
「何かあったら、またいつでもおいで」
「はい、そうします。こんな近所にお祓いしてくれる神社? があって助かりました」
「えーと。うちは神社じゃなくて治療院だよ」
「え、治療院?!」
「そう。ただの片田舎の接骨院。僕はここの柔道整復師、
町の片隅にある古ぼけた治療院の先生は、実はお祓いが出来るすごい人。
誰にも言えない小さな秘密ができたみたいに、美波は小さく笑ったのだった。
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