第7話 労働の実際

 「職場」というものに実際に出向いて、たくさんの人間の中で労働をしたことがある人なら、実際に日々そうした現実の渦中で、様々な個性の人々と感情のやり取りをしながら、切磋琢磨しながら、長時間を過ごすというのが、いかに気骨の折れるような、消耗を伴うような、厄介な作業というか、大変な難事であるかを知っている。

 勿論人それぞれに個性とか人格のバイアスとかはあって、比較的に人間関係の網の目の中で世間を円転滑脱に遊泳するのが得手がいいというような、コミュニケーション能力とか社会性に長けたタイプの人もいて、そういう「苦役」に対する耐性が強い場合もあろうが、基本的に学校でも職場でも緊張を伴うそういう場所に持続して「いる」こと自体の精神的苦痛が、労働が困難である主な理由でもある。慣れないうちは、このことがまず大変なハードルになるのだ。

 日菜子はCEOとして、この「職場」というものに不可避的に付き纏う様々なストレスを徹底的に排除することを目指した。

 色彩心理学や音楽心理学、アロマテラピーの知見をもとにして、皆ができるだけ穏やかな、朗らかな気分でいられるような環境を整えて、臨床心理士のカウンセリングも頻繁に行った。

 それぞれの職場の「和」を保つために、メンバーの負担にならない程度に研修、交流、レクレーションを積極的に実施して、相互理解やラポールを深めた。

 退屈な「場」や「時間」というものが人間をいかに損ない、人生を地獄にしているか、それは言わずもがなではあるが、過酷な現実だ。

 人間の集団には「いじめ」もつきものだが、「いじめ」ほど厄介で根が深くて、人間性の尊厳を損なう禁忌はあんまりない。いじめ嫌いの日菜子は「いじめ」衝動が強い社員はすぐ馘首した。腐ったミカンと同じ、と見做すわけである。

 

 こうして平和的で生産的でモラールが高い、理想的な雰囲気の職場が維持されていた。

 職場は別名「エデンの園」と呼ばれるほどの、野田青果店の名物的な「楽園」になっていたのだ…


<続く>


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