第5話 秘めた想い

躍進する「野田青果店」の、CEO、Chief Executive Officer は、野田日菜子、通称「野菜ちゃん」なのは先述の通りだが、彼女の重要な右腕役、影のように常に社長に寄り添って、敏腕、辣腕を揮っている副社長がいた。

 森蘭生(もり・らんせい)という、農業が生業なりわいの割には白面の美男子タイプの、切れ者だった。

 当年とって35歳で、学歴は中学校卒だが、若いころから農業一すじの、農場経営の専門家で、農園の実務はほぼこの副社長の采配のもとで一糸乱れず統率されていたのだった。

 日菜子の遠縁の姻戚で、篤農家として若くして成功しているのは有名で、会社を立ち上げるにあたってCEOがじきじきに「三顧の礼」で重役としてスカウトしたのだった。

 「社長。農園の経営が軌道に乗って、収益も年間20億を超えました。遠からずに東証一部上場も視野に入ってきました。私もすさまじい仕事量で毎日忙殺されていますが、好きな農業の道で、昔から「グリーンピープル」、「植物人間」とかジョークで言われるほどの植物好きの趣味嗜好を生かして、マキシマムに自己実現できて、これほどに幸せなことはありません。これも皆私の能力を見込んで取り立ててくれた社長のおかげです」

 森は、俳優のような優雅な身ごなしで髪をかき上げて、莞爾にっこり微笑わらった。

 「蘭生さん。『野田青果店』がここまで来れたのもアシストしてくれたあなたの豊富な経験やノウハウやセンスがあってこそですわ。最初はスーパーに卸す野菜を自家製で栽培するだけだったけど、だんだんにイノベーションがオートマチックに自己増殖して、会社自体が一種のライフサイエンス企業みたいになってきつつある。いずれはサントリーとか旭化成とか、ああいう大企業に肩を並べられるようになれたら素晴らしいわねえ。これからも頑張りましょう」

 日菜子は目を輝かせて、果てしなく広がる窓外の緑のじゅうたんを見つめた。

 この風景は、日菜子にとって「未来」や「理想」そのものなのだ。

 植物というものの持つ無限の可能性…日菜子は人生をそれに賭けた。そうして日々に粉骨砕身、自分のすべてを捧げ尽くしていた。

 

 そのパートナーの端正な横顔を見つめる副社長の眼差しには、尊敬や親愛感だけではない、”熱い想い”が籠っていることに、少し鋭敏な人間ならすぐ気づいたことであろう…



<続く> 

 

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