第2話 一回目の電話

 独身でフリーのままコロナ禍に突入。コロナの時期は、世間では自分の親にも遠慮して会わないくらいだから、大して親しい相手のいない俺になんか、誰も連絡して来ない。俺は今までないほど、世間から孤立して、物理的・心理的に飢餓状態に置かれるようになった。


 俺は一日中一人だった。会社の人も電話して来ない。多分、みんなさぼってるんだろうと思う。俺もそうだった。在宅勤務になってしばらくは、みんな戸惑っているのか、仕事がはかどらなかったようだ。


 人に会わないと、次第に頭がおかしくなってくる。独り言を盛んに言う。宅急便を受け取る時のテンションが妙に高くなる。人が尋ねてくれるのが嬉しくて仕方ないからだ。俺なんか気軽に電話して話す相手もいないから、本当に一日中黙っていた。


 鼻歌を歌ったりしたいが、曲が思いつかない。

 取り敢えず、テレビはずっとつけていた。本当に静かで、まるで正月みたいだった。俺は独りぼっちだと改めて気が付いた。こんな風になるなら、話の合わない女でも我慢して一緒にいたらよかったんだろうか。それとも、俺に合わせてくれる大人しい女性を、もっと血眼になって探せばよかったんだろうか。多分、後者だろう。俺は自分がよく喋る方だから、大人しい女性の方が好きだ。


 俺の好みなんて、誰も聞いてないけど・・・。


 俺は一人で飯を食い、風呂に入って、寝るだけ。

 正直、寂しい。辛い。苦しい。惨めすぎる。

 いつもは会社に行って、会社の人と喋って気が紛れていたけど、物理的に一人だと心を病みそうだった。


 誰か電話くれないかな・・・。

 メールでもいい。

 でも、誰からも来やしない。


 俺は親族とも疎遠だったから、本当に誰も俺にかまってくれない。


 そんな日が1週間ほど続いたある夜だった。

 俺の携帯が鳴って、「江田君?」という優しそうな女性の声がした。

 誰だろう。セフレの一人だろうか。

 セフレなのに、相手の声も覚えてないなんて、薄情過ぎる。自分でも反省した。


「う、うん」

 俺は、これから始まる恋の予感にときめいていた。かわいい声だ。

「今、大丈夫?」

「うん。いいよ」

「どう?コロナだけど、元気にしてた?」

「うん。俺はまだかかってないし、周りもまだ大丈夫」

 心配してくれる人がいるのは、本当にうれしい。

 まるで、野戦病院のナイチンゲール。俺は彼女に心理的に依存し始める。

「君は?」

「うん。私も平気」

 

 俺たちはそのまま喋っていた。

 はっきり言って誰かわかっていない。

 だから、あまり際どい話はできない。


 でも、誰でもいいから俺は喋りたかった。

 それが高齢者でも、おばさんでも、男子小学生でも誰でもいい。

 日本語が通じればいいんだ。


 俺たちは1時間くらい喋っただろうか。

「すごく楽しかった。久しぶりに笑った」

 彼女は心から楽しそうに笑った。

「俺も」

 俺たちは2人で笑い合った。

「明日も電話していい?」

「いいよ」

 俺は彼女と話しながら、ずっとそう言って欲しいと思ってた。俺は自分からは聞けないタイプだ。人との距離感が分からなくて、迷惑をかけてしまうかもしれないと思ってしまう。

「何だか人と喋ったの久しぶり」

「俺も」

 声だけでその人を好きになってしまった。実物はそんなにかわいくなくてもいい。人柄が暖かい感じがする。毎日一緒にいるなら、美人よりも、こういう人がいいのかもしれない。俺は初めてそう思った。

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