第12話・宇宙研究学園都市
●12.宇宙研究学園都市
豊南市の中心に建つクワッドビルは4棟とも壁面緑化されているが、まだ緑化植物が茂りきっておらず、壁面パネルが所々露出していた。
与田は15階にある再建開発庁の豊南庁舎から強化ガラス張りのエレベーターで下に降りる。その間、クワッドビルの横をドローンタイプの車が数台通り過ぎて行った。
オフィス棟の地下駐車場に停まっている再建開発庁の車に乗り込む与田。イグニッションキーを回すと4つの回転翼が回り少し浮き上がった。運転席のフロントパネルの画面には『自動パイロット』の文字が反転していた。
車は駐車場を出るとクワッドビルの前の大通りを走るように低空で飛び、街区が途切れる所で高度を上げて南に進路を取った。
与田が乗る車の下方は市街地の周辺部ではソーラーパネルが広がっているが、遠ざかるに従って鬼押し出しのような溶岩が冷え固まった大地になっていった。それでもこの4年程の間に所々土壌改良された緑の土地がぽつりぽつり現れ始めていた。
市街空域を出て市街間空域に入ったので自動パイロットと手動パイロットが選択できるようになった。与田は手動にして自ら操縦することにした。
与田がセスナようなの操縦桿を右に回すと車は右旋回し出した。手前に引くと上昇し、前に倒すと降下した。与田は自分の思い通りに車が飛ぶので、満足げに操縦桿を握っていた。しばらくすると与田は宙返りをしようと操縦桿を思い切り手前に引いた。
『危険です。危険です。手動解除。自動パイロット作動』
車のAIが人工音声で警告してきた。
「安全装置がしっかりとしてんな」
与田は一人つぶやいていた。
1時間半程で南海道島南部にある24時間宇宙港などが建設されている福徳郡海辺町まで来た。ロケット発射塔が一本建ち、地上帰還用の滑走路が一本あるのが見えた。残りの広大な敷地内にはまだ何もなく、土砂を運び終えたダンプカーなどの工事車両が停まっていた。車が町役場の駐車場に向かう途中、区画整備された更地の斜面
に『うみべ宇宙研究学園都市』と芝で書かれた文字があった。さらに進むと建物の基礎が作られている区画があり、南海道学園予定地の看板もあった。南国の日差しを浴びる三階建ての町役場。車はその前にある駐車場で回転翼を停止させた。
与田が車から出ると町長が出迎えていた。
「お待ちしてました。…今日は大臣はいらっしゃらないのですか」
「島谷大臣なんですが、沖縄の知事選の応援に急遽行くことになりまして、来られなくなりました。申し訳ないとのことで、よろしくと申しておりました」
「そうですか。まぁ、与田さんの方が詳しいし話が早いことは確かですな」
「町長、そんなこと言うとうちの大臣がへそを曲げますよ。まぁ、これは冗談ですが」
与田はすぐに役場のミーティング室に案内された。
「今日は絶好の試験打ち上げ日和です。予定通りに打ち上げられます」
宇宙開発機構の現場チーフマネージャーは意気揚々としていた。
「私も楽しみです」
「それでは、さっそく宇宙港のコントロールセンターに行きましょう」
町長はミーティング室にあった計画概要の大臣説明用資料をそのままにして立ち上がった。
試験ロケットは火柱を吹き出しながら、発射塔からどんどん上昇して行った。白煙の柱が青空に描かれて行く。細いブースターロケットが切り離され落ちていく。ある程度落ちたところでパラシュートが開いたが、通常のパラシュートなので風に流されて自由落下して行った。与田たちはこの光景をコントロールセンターの大型スクリーンで見ていた。しばらくするスクリーンの映像がロケットの側面につけられたカメラ映像に切り替わった。地表がどんどん遠ざかり、うっすらとたなびく雲の下に霞んでいった。第一段ロケットが切り離された。第一段ロケットが落下していく。第二段ロケットと円錐型の往還宇宙船は、そのまま上昇して行く。かなり下の方に落ちて行った第一段ロケットからパラシュートが開き、ゆっくりと飛行コースをコントロールし始めた。
「…うまく飛行制御できるかな」
与田は祈るような気持ちでスクリーンを見ていた。
「まぁ、見ていてください」
現場チーフマネージャーは自信ありげであった。
第一段ロケットはふらつきを小さくするとパラシュートのワイヤーを微妙に操作して飛行していった。グァム島方向に大きく旋回してから南海道島南部の宇宙港を目指し始めた。
「完全にコントロール下にあります」
コントロールセンターのオペレーターの声が室内に響いていた。
「今、第二弾ロケット分離しました。往還宇宙船が再突入モードに移行」
オペレーターの声が続いた。
スクリーンには往還宇宙船のカメラ映像に切り替わった。地表に向かってどんどん突っ込んでいく。縮小モデル機なので振動と揺れが大きめだが、正常に作動しているようだった。
「パラシュート展開」
オペレーターの声に息を飲む一同。スクリーンの映像は一方向から右旋回に変わった。
「こちらもコントロール下にあります」
オペレーターの声はだんだん大きくなっていった
「後は所定の位置への着陸だな」
与田はまだ気を抜かずにスクリーンを凝視していた。
スクリーンの映像は宇宙港の屋外カメラに切り替わっていた。第一段ロケットはパラグライダー方式の制御でゆっくりと敷地内の芝生エリアに着地した。
「第一段ロケットタッチダウン。成功です」
オペレーターの声に歓声が上がったがすぐに収まり、一同はまだ上空で旋回している往還宇宙船の方に注目した。
「上空の下降気流につかまりました。AIが自動制御中」
オペレーターの声と同時に往還宇宙船は急降下し始めた。一同は心配そうな表情になった。
往還宇宙船は滑走路の方に行きかけたが、少し浮き上がり左に旋回し所定の芝生エリアに向かった。
「往還宇宙船タッチダウン。成功です」
オペレーターの声に、一同が湧きたち歓声が上がった。拍手が聞え、一同健闘をたたえて握手し合っていた。
「これで打ち上げビジネスの筋道が立ちました。無人の荷物運びもコストを下げられますし有人も可能です。後は実行して外貨を稼ぐだけです」
宇宙開発機構の現場チーフマネージャーは、町長と共に駐車場まで見送り来てくれていた。
「その外貨で24時間宇宙港の本格開業を早めましょう。とにかく今日の結果は大臣も喜びます」
与田は大臣用の説明資料を車の中に入れていた。
「与田さん、南海道学園の方は早めに募集を掛けていただくと助かります」
町長も何となくアゲアゲの雰囲気になっていた。
「わかりました」
与田はそう言うと車のドアをゆっくりと閉めた。
東京の都道府県会館で行われている南海道学園の面接会場には、マスクとメガネをかけた与田と島谷が面接官として座っていた。
「なんで、あたしも面接官をやるわけ。国会が開いていなくても、あいさつ回りとかあって結構忙しいんだから」
島谷は面接者が来る時間まで後15分程のところで会場に来た。
「実際にどんな人が来るか見ておくと、親身になって取り組んでいることがアピールできるからな」
「また、その手のことね。今でも充分、知名度も好感度も高いはずよ」
「まだアンチも多いようだぞ。とにかく今日のこの3人を面接するだけだから、そう文句を言うなよ」
与田はリストを島谷に手渡していた。島谷はざーっと目を通していた。
「この最初の子、イケメンだし、頭も良さそうだから、合格って所ね」
「おいおい、写真だけで判断する気か。女子で自分より可愛かったり、美人だと落とすんだろう」
「その通り」
「全く、島谷は面接官に向いてないな」
与田は思いやられるといった表情をしていた。
最初の面接者がドアをノックして入ってきた。面接者は一礼をする。与田が座るように指示するとすぐに着席した。エントリーシートを眺めている島谷。与田は書かれている内容を読み上げて確認していた。
「それで君は志望動機を家族のためと書いていますが、今回この南海道学園に入学を希望した理由を具体的に述べてください」
与田は若い男の態度などをじっくりと見ていた。
「私はこの度の太平洋岸大災害で両親と祖父母をなくし、姉と二人で細々と暮らしてきました。しかし何らかの知識や技術を手にしないと姉を楽させることができません。それでこちらの学園ですと、お金がなくても受験テクニックがなくても入れると聞いたもので志望しました。卒業後にやりたいことは、宇宙船の航行ナビシステムなどソフトウェア開発を望んでいます。今後24時間体制の宇宙港もできることですし、この将来性にかけてみたいと切望しております」
「あなた、素晴らしいわ。その意気込みは充分に伝わりました。追って通知いたします」
島谷は即座に言い出した。
「えっ、これで面接は終わりですか」
若い男はニッコリとしていた。
「いえいえ。まだお聞きしたいことがあります」
与田が後を続けた。
次の面接者は島谷が好みでないニキビ面の男子の番になった。型通りのことを一通り聞き、面接終盤に入った。
「…それで志望動機と将来について具体的に述べてください」
与田は手慣れた面接官の雰囲気が漂ってきていた。島谷は関心なさげにエントリーシートを目を落としたままであった。
「うちは父子家庭なもので、予備校や大学に行くお金がなく、暮らすのがやっとでした。大災害を恨んだり、世間の理不尽さが痛い程わかったのですが、救われる道がありません。何回か自棄になりそうでしたが、父のことを考えるとそうもいかず…」
決して流暢でない話し方であった。
「あのぉ、苦労話はわかりましたから、やりたいことを言ってください」
島谷がぶっきら棒に割って入った。
「はい。それで私はロケットエンジンを研究開発したくて、そのぉ、笑われるかもしれませんが、ワープエンジンを手掛けられたらと思っています」
「ほぉ、それは凄い」
与田は興味深げであった。
「あなた、それはマジ、いや真面目ですか」
島谷がバカにしたように言っていた。男子はこくりとうなづいていた。
「もしかすると、実現できるかもしれませんね。いや。実現して欲しい」
与田は身を乗り出していた。
「今日の所はこれで終了です」
島谷が終わりを宣言していた。
最後の面接者は制服を着た女子高生であった。また型通りのことを一通り聞き、面接終盤に入った。
「…端的に志望動機と将来について述べください」
与田は舌が流暢に回っていた。
「太平洋岸大災害で両親や親戚を失い、エントリーシートにあるように『希望のよりしろ』という被災孤児院でこの4年間育ちました。大災害を憎み恨みました。しかしその怒りをぶつける所がどこにもありません。もんもんとしている所、一度は枯れて失われても、再び息を吹き返す自然の力に感動しました。これではいけない、私も立ち直ろうと思いました」
「ちょっと長いんですけど」
島谷は面倒臭そうにしていた。
「はい。それで自然の…つまり南海道の植林に興味がありまして、あそこを自然豊かな緑の大地にしたいのです」
「そうですか。それでも今の所、林業関係の学科はないんですけど」
島谷はエントリーシートを脇に置いていた。
「植林ですか」
与田はエントリーシートの番号を赤い丸で囲っていた。
「はい」
「特別助成金を出して他校で学んだ後、南海道学園で教えることはできそうですか」
「必ずできると思います」
「わかりました。今日の所はありがとうございました」
与田が締めくくっていた。
「はぁ、終わったわね」
島谷はコーヒーをグイッと飲んでいた。面接時のデスクには、スナック菓子が並べられていた。
「どうですか大臣。良い人材が見つかりましたか」
面接主催者の学園長が聞いてきた。
「三人中、一人ってところかしら。だって一人は夢みたいなこと言ってるし、もう一人は見当はずれな学科を求めているから」
「私は三人中、二人です」
与田がすかさず言う。
「与田さん、それはどうしてまた」
「なんか感じるんです。イノベーター気質というか、その人なりの必要性を」
「なるほど、意見がわかれるものですね。それでこそ、参加していただく意味があったかもしれません」
学園長が行っていると、学園職員が入って来て、小声で何か言っていた。
「どうかしましたか」
島谷が聞く。
「大臣、この若い男なんですが、我々のシステムで検索したところ年齢が19才と書かれていますが26才で、両親も祖父母も健在だそうです。その上、結婚詐欺の前科があります。学園内でうぶな女性でも物色するつもりだったのでしょうか」
学園長はエントリーシートのコピーを手にしていた。
「あれあれ。そうだったのですか」
与田は島谷の方を見ていた。島谷はがっくりと肩を落としていた。
「あたしは、人を見る目がないわ」
「なっ、何かと勉強になったろう」
与田は、スナック菓子を口にしていた。
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