第10話・人材確保

●10.人材確保

 東京の再建開発庁の大臣執務室。

「農家も介護も人材不足なのよ。日本は災害大国で大惨事を目にしているから、怖がって外国人が寄りつかないしね。今後も外国人を労働者として受け入れることはできそうもないわ」

島谷は頬杖をついていた。

「だいたい、外国人に頼ることは良くない。日本人で何とかするべきだ。教育や価値観が違う者とは何かと軋轢を生む。かといって外国人にこびて、日本人的な良さを失うのは我慢できないしな」

「高齢者が多いから、働かせるわけには行かないしね」

「いや、高齢者を働かせれば良いんだよ。何らかの優遇措置で」

「どうするのよ」

「この分野でまだ人間同様に動けるロボットに置き換えることは無理でも、老化機能をアシストする機器はかなり良いものがある。それを装着させて働いてもらう。そうすればある程度、人材は確保できるだろう」

「上手く行くかしら」

「優遇措置をまとめて上手く行くようにするのが君の役目だ。老化アシスト機器やロボット作りは、松井首相が打ち出している災害や感染症に弱い観光立国からの脱却にも寄与するはずだ」

与田は南海道島が書き加えられた日本地図を眺めていた。

「まずは笹原さんに優遇措置の原案を作ってもらうわ。与田と違って従順で有能な秘書だからね」

島谷がぼそりと言うが、与田は嫌味など気にしていなかった。


 70代の介護士が多数働いて老人介護施設。視力自動調整メガネとヘッドセットをし、両足と両腕に装着したアシストフレームなどが本人の動きにピタリと合わせて作動していた。施設内の各所からサーボモーター音が微かに聞こえていた。

「まるっきり若い人と同じ動いているわね。体を持ち上げる力も凄いし」

島谷はその光景に息を飲んでいた。

「老老介護でも、上手く行きそうじゃないか。あそこの白髪の人は90才ぐらいだな。介護する方が年上かもしれない」

与田が島谷と話していると、施設マネージャーの北村が近寄ってきた。

「どうですか。大臣のおかげて人材不足が解消できました」

北村は笑顔を見せていた。

「あのヘッドセットは何のためなんですか」

「あれはその場に応じたAIからの指示を聞くためです。また何か忘れた際にも情報を得たりできます」

「誰もが有能な介護士になれるわけですね。素晴らしいわ」

「お褒めに与かり、ありがとうございます」

「それで、車椅子の方を見かけないのですが、別の建物ですか」

島谷は周囲を見回していた。

「要介護者で車椅子の方にも歩行アシスト機器を装着しているので自分の足で歩いています。その方が健康にも良いので」

「そこまでやっているのですか。さすがにモデル施設だけのことはありますね」

「ところで大臣、老化改善治療などの研究は、どの程度進んでいるのですか」

「あぁ、それは」

島谷は言い淀んでいた。

「いわゆる不老不死研究ですね。あと数年以内には、だいたい40才~50才ぐらいの身体機能で120才ぐらいまで健康に生きられそうです」

与田がすかさず説明していた。

「はぁ、もうそこまで来ているのですか」

「これはまだ内々の話ですけど」

与田はわざとらしく声を小さくしていた。

「しかしそうなれば、もう2年前のような大地震が来ても年寄りだから逃げ遅れることはなくなるわけですね」

北村は感慨深げであった。

「今後もいろいろな災害があると思いますが、被災死傷者が減ることは確かです」

与田の方が大臣っぽくなっていたので、島谷は少しつまらなそうにしていた。


 東南海地震後に新たに建てられた、愛知県にある老化アシスト機器やロボットなどの製造工場。耐震強化構造で、自家発電装置も完備していた。

 与田と島谷は工場長の案内で組立て工程ラインを視察していた。

「ロボットでロボットを組み立てていたり、老化アシスト機器を装着した工員が働いて居ると不思議な感じがするわね」

「こうして工員が働いていると、些細な作動クレームが反映されますから、どんどん使い勝手の良い機器に改良されて行きます」

工場長の鈴木はちょっと自慢げであった。与田は高い天井にある換気装置を見上げていた。

「ここは換気がしっかりとしていますし、クリーンで効率化されています」

鈴木は与田にも声をかけていた。

「それじゃ、感染症が発生しても生産は続けられそうじゃないですか」

与田は天井から鈴木に視線を戻していた。

「はい。まだお見せできるものがありますので、こちらへどうぞ」

鈴木は奥の施設に通じる廊下に向かって歩き出した。


 研究開発室には自衛官支援機器が何体が並んでいた。

「これを装着しますと…、うちの社員が実演しますけどアスリート並みの運動神経となり、金メダル級の狙撃者になります」

鈴木は扉を開けて与田達を屋外の広々としたテストフィールドに案内した。以前は車の走行試験コースだった、バンクのついた周回コースに支援機器を装着した社員はスタンバイしていた。周回コースを走り抜ける原付バイクがあり、社員はそれを駆け足で追い始める。時速50キロは出ていそうだった。上り坂になると追いつきバイクをつかんで停止させた。その後、再び走り出し、周回コースの一部に設けられた高さ3m程の壁を飛び越え、長さ8~9mはある水場を飛び越えていった。

 「大臣、どうですか。もっと跳躍も走ることもできるのですが、これ以上強力にすると装着している人間が耐えられなくなるのでパワーを抑えています」

「まさに金メダリストの戦士といった感じね」

「この手のパワード・スーツ系の機器はアメリカでも開発が進んでいると聞きますが、日本のレベルはどうなんですか」

与田はかなり興奮ぶ気味であった。

「以前はかなり見劣りしていたのですが、ここ1年ぐらい前から、互角以上になってきました。まだあります。

見ていてください」

鈴木が言っていると、装着した社員は、空を飛ぶドローンが付けている的に拳銃を向けて発砲した。かなりジグザグに飛び、さすがに当たらないと思って見ていた与田達。その社員が5発撃ち終えると、ドローンが与田達のもとに飛来し着地した。的を取り外す鈴木。

「ご覧ください。撃ち損じがありません。1発しか当たらなかったわけではないです」

鈴木が手にする的は中心に大きめの穴が開き、わずかにズレた円周部分が見られるだけであった。

「5発とも、命中しているわけですか」

与田はしげしげと的を見ていた。

「でも、ここまで来るとお高いんでしょう」

「いえいえ大臣、今の所は高価でも量産化すれば、ミニバン程度の価格になります」

「車一台分ってわけね。これ一つ、再建開発庁に欲しいわね」

「何にお使いになるのですか」

鈴木は怪訝そうな顔をしていた。

「災害発生時に重機の入れない所での救援活動に役立ちそうじゃない」

「なるほど、これがニュース画像に出たりすれば、良い宣伝になります。軍事目的の面ばかり強調されないので良いでしょう。でもまだ高価なのでレンタルでよろしいですか」

「メンテナンスもしてくれれば、問題ないです」

島谷は自分で思いついたことが上手くまとまったので、嬉しそうにしていた。与田も内心装着して見たかったので渡りに船といったところだった。


 再建開発庁のミニバンは、山形県の朝日町に向かう道を進んでいた。

「こうしてこの車に自衛官支援機器を積んでいるから、早く災害が来ないかなって感じね。すぐに救急対応して救援活動なんかしたら、またあたしの好感度が上がっちゃうかも」

島谷には後部座席の後ろに置いてあるレンタル中の自衛官支援機器を眺めていた。

「おい、早く災害が来なくっちゃなんて公の場で言うなよ」

「わかってるわよ。それで今日はどこへ行くんだったかしら」

「老化アシスト機器を活用している農家の現状を視察することになっていただろう」

「あぁ、そうだった。無難にやって、早いとこ東京に戻りたいわ」

島谷が言っているそばで、与田は顔を少ししかめていた。

「我々の側近とも言える吉村さんだからわかっていると思うけど、これは全てプライベートな発言だからな」

与田は冗談っぽく運転手に釘を刺していた。ハンドルを握る吉村は大きくうなづいていた。


 その農家はトタン屋根の母屋の周囲にリンゴ園が広がっていた。与田と島谷は、家主の川口に案内されてリンゴ園の中に入って行った。

 「このようにリンゴを一つ一つ回転させて日に当てているのですが、今までだったら腕も足も疲れて、年寄りには過酷な労働だったのですが、これのおかけで、手が勝手に動くような感じで楽ですよ」

川口は老化アシスト機器の農家バージョンで作業を始めていた。

「もう装着には慣れましたか」

島谷は高齢者を思いやるように声をかけていた。その様子を吉村は動画で撮影していた。

「一日中付けていたいくらいですよ。なんか若返った感じがしますから」

川口はピョンピョン跳ねていた。

「しかし作業は楽になったし、山形は大地震の影響も少なかったので、大助かりなのですが…」

川口は作業をする手を止めた。

「何か問題でも」

与田がすかさず声を掛ける。

「リンゴの盗難が相次いでいるのです」

「え、そんなふとどきな奴がまだいるんですか」

「一連の太平洋岸大災害で外国人が減っても、やっぱり盗む輩がいるんですよ」

「リンゴの出荷時期が近づくと心配で」

「地元のJAか何かで警戒はしているのですよね」

島谷も与田に負けじと口を挟む。

「しているのですが、先日は隣の北村さんの所で盗難がありまして」

川口は暗い表情になっていた。

「それでしたら、泥棒対峙に我々が一役買いましょう」

与田は後先考えずに勢いで言ってしまった。島谷は渋い顔をしていた。

「それはありがたいことですけど、どのようにするのですか」

川口は明るい顔に少しなっていた。


 与田達は朝日町にあるコテージを一棟借りていた。

「与田は、いつまでここにいるわけ。泥棒がずーっと来なかったらどうするのよ」

島谷はウッドデッキに寄りかかって星空を見上げていた。

「ここの宿泊プランは3日間だから、もう一日だけ待つことにしよう。こんなに星空が明るい今まで実感したことはないだろう」

与田が言っていると吉村が髪の毛をバスタオルで拭きながらウッドデッキに出てきた。

「お風呂、先に入らせていただきましたが、次は大臣、それても与田さんですか」

吉村は申し訳なさそうにしていた。

「んー。あたしはゆっくりと入りたいから後で良いわ。ここだったら深夜に入っても誰も文句は言わないでしょう。与田、先に入って。ただし、きれいに使ってよ。髪の毛一本でも残っていたら減給ものだから。あぁ吉村、冷蔵庫から缶ビール持ってきて」

「風呂前にですか」

「良いから持ってきてよ」

島谷が言うと吉村は小走りに冷蔵庫に向かった。その時、ウッドデッキの手すりに置かれた与田のスマホがマナーモードで振動していた。

「おい、農家の防犯センサーに反応があったらしい。吉村、運転を頼む。俺は車の中で自衛官支援機器を装着するから」

与田はミニバンに向かって走った。吉村と島谷も続いていた。


 リンゴ園は母屋以外、ほぼ真っ暗であった。しかし見慣れないトラックがリンゴ園の端に停まっていた。与田たちは、スマホを暗視ゴーグルモードにして周囲を見ていた。

 「あ、いたぞ。もうすでにかなりプラスチックケースに入れていやがる」

与田がいち早く発見していた。島谷は全然違う方向を見ていた。

「どうします。警察に連絡しますか」

吉村がささやく。与田は軽くうなづいていた。

 周囲の物音に泥棒たちは気付き、ケースを抱えてトラックに積み込み始めた。3人のうちの一人が運転席に乗り、エンジンを掛けた。川口が気を利かせてリンゴ園の照明を点灯させた。

 与田は一気に駆け出し始めた。泥棒たちは慌ててトラックに乗り込むと、タイヤを鳴らして急発進した。トラックはうねうねと曲がる道を走る。与田はそこを駆け足で追い、ある程度接近したところでジャンプして荷台に飛び乗った。泥棒たちは何が起こったかと、窓から荷台を覗いていた。そこには不敵な笑み浮かべた与田が立っていた。

「こらぁ!糞野郎ども、丹精込めたリンゴを盗むとは、良心の欠片もねぇな」

与田は強化されている腕で運転席の屋根を叩くと、屋根がボコッと大きく凹んだ。フロントガラスにひびが入り前が見えなくなった。トラックはふらついて道路わきの電柱にぶつかって止まった。与田は止まる瞬間、飛び上がり数メートル先に着地した。

 泥棒たちは運転席のドアがねじ曲がって開かず、逃げられなかった。そこに近づく与田。静かなサーボモーター音がしていた。

「なんだ、お前、化け物か」

泥棒の一人は怯えた目で与田を見ていた。


 しばらくするとパトカーが来て、泥棒たちは逮捕された。

「いゃぁ助かりました。大臣と秘書の方々には感謝です」

川口は握手してきた。

「20個ほどリンゴが傷だらけになりましたけど、残り200個は取り戻せました」

「ずーっと居てくれたらいいんですけど」

「それじゃ川口さん、この自衛官支援…、身体支援機器をお貸して…、いや今の所できないのですが、来年の収穫時期にJAに貸与できるようにします」

与田は筋肉を強制的に駆使していたので、筋肉をもんでいた。

「与田、できるかはわからないわよ」

「こう言って謙遜してますけど、うちの大臣ならやってくれますから」

与田は島谷の肩を軽く叩いていた。

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