第9話・開市
●9.開市
旧西之島から北東15キロの辺りに、溶岩がいち早く冷えた平地があった。そこでは道庁所在地となる豊南市の建設が始まっていた。しかし近くの湾は遠浅なので、現状は沖の船から荷物を陸揚げするには、小型船舶を利用するしかなかった。
与田と島谷は、南海道島まで曳航されてきた港湾用メガフロートが到着したので岸壁まで見に来ていた。
「これをあの先にある岬に設置すれば、本格的な港湾施設が作れるな」
「ぁぁそうね。もう岬の方は道ができているみたいね」
「ここなら在来固有種もいないし、真っ新な大地だから、自然保護区にする必要もないしな」
「でも自然な陸地環境の形成とかで、観察区にしろって、声が上がってるけど」
「そんなこと言ってたら、何もできないし宝の持ち臭れになる。背に腹は代えられない利用しなければ損だ」
「土地があっても、溶岩だらけじゃね」
島谷は周囲の黒っぽいゴツゴツとした大地を見回していた。
「まだ農地は無理だし、当初は金鉱とソーラーパネルを設置して発電が主要産業になるかな」
「一時的に休止している二酸化炭素の海底貯留は、どうなるのかしら」
「…それだな。この付近の海底を刺激すると、どうなるか考えて慎重に決断する必要がある。たぶん松井首相も苦慮していることだろう」
「日本列島や南海道島がもっと浮上するだけなら良いけど、大地震や噴火がまた起きたら大変よね」
島谷はどこか他人事のように言っていた。
「二酸化炭素貯留の件はともかくとして、ソーラーパネル設置やインフラ整備、土壌改良や植林、24時間宇宙港の工事などいろいろな雇用の創出にもなるな」
「工事と言えば、再建開発庁の豊南庁舎はどうなるのかしら」
「市役所ができる中心区画に建つらしいから見に行ってみよう」
与田はまだプレハブの工事事務所だけが建っている区画の方に歩き出した。
与田達が工事事務所に入ると、大臣が直々に訪れているので恭しく迎え入れられていた。
「東西を貫く大通りと南北を貫く大通りは中央区画のロータリーにつながり、そのロータリーの中心に耐震40階建ての道庁、ロータリーの円周に沿って市役所、再建開発庁の豊南庁舎などが建ち並ぶを建てる予定です」
工事事業総合マネージャーの江畑は、プロジェクターに映し出されたCG予想図などを見せながら建設計画について説明していた。
「なんかパリみたいな感じね」
島谷はCG予想図の街並みがパリのような雰囲気なので嬉しそうであった。
「ロータリーがあるので街の中心部でも車の流れはスムーズで渋滞は起こらないはずです」
江畑は軽く微笑んでいた。しかし与田は表情を変えず黙ったままであった。
「道路の他、交通網としては鉄道があり、豊南中央駅は道庁の地下に建設されます」
「新幹線も発着するのでしょう。ここでスイーツを買って旅に出られるわ」
島谷はCG上の中央駅構内にある駅ナカのスイーツショップを眺めていた。
「たぶん車両はリニアになるかと思います」
江畑は紙の資料の中にリニアの計画図がないか探していた。
「これでは19世紀や20世紀の計画都市的じゃないですか。豊南市はもっと21世紀的なものが相応しいと思います」
「与田、余計なことを言わずに聞きましょうよ」
島谷は席から立ち上がろうとしている与田を引っ張っていた。
「南海道島のゴツゴツした地面をならして道路網などを作るよりも、ドローンタイプの空飛ぶ車を走らせる方が合理的です。そうなると都市の道路づくりも変わりロータリーは意味がなくなります」
与田はすっくと立ち上がり持論を展開し始めた。江畑や事務所員たちは、呆然としていた。
「…ですから、大通りは街区の付近だけとして、空飛ぶ車を着陸スペースに誘導する道になります。さらに東西の大通りと南北の大通りが交差する四つ角に、それぞれ耐震50階建てのオフィス棟、商業棟、生産棟、居住棟を建て、コージェネレーション・システムにして一括管理するのが良いと思います。その周囲は緑地帯にし、建
物は壁面緑化をして自然と一体化するような都市を提案します。たぶんこの事務所にいる方々なら、必ず実現できるはずです。その能力をお持ちなので、やらない手はありません。資金面は再建開発庁ができるかぎりバックアップします。サグラダファミリアのように時間を掛けてでも…、いや時間は要さないでしょう。とにかく世界に新たな都市モデルを知らしめる絶好のチャンスなのです」
与田が言い終えると、江畑たちは拍手を送っていた。
「目から鱗です。我々も奮起する気になりました。さすがに大臣の秘書だけのことはあります。まさに的を射ています」
「このような感じになりますか」
与田はホワイトボードに4本のビルを描き、その30階辺りを空中回廊でつないでいた。
「なるほど、さぁ、計画は見直しだな」
江畑の目に輝きが見られた。
新しく発足した南海道庁の調査船甲板で双眼鏡を覗いている与田。
「どう、上手く行ってそう」
島谷は風に髪をなびかせて、与田と同じ方向を見ていた。備後金鉱周辺の溶岩を冷やすために、近くの船から海水が放水されていた。
「だいぶ冷えて固まってきたようだから、そろそろ鉱山の掘削ができるんじゃないかな」
与田は双眼鏡の倍率を絞ったりしていた。
「島谷大臣、秘書の方のお察しの通り、今日からロボット重機による掘削を開始する予定なんです」
道知事の和田は島谷の傍らに立っていた。
「それで、何時からですか」
「もう準備が整っているので、これから作業をお見せします。おい、クローラータイプ掘削ロボットA1とA2を作動させてくれ」
和田は島谷に言うと、すぐに部下の職員たちに指示していた。
「あぁ、あれか無人で動き始めたぞ」
「与田、あたしにも見せてよ」
島谷は与田が覗いている双眼鏡を強引に引っ張った。与田はすぐに手渡した。島谷は満足げに覗いていた。
「南海道の主力産業となる金鉱山が稼働しなければ、何も始まりませんから」
和田も満足げであった。
ロボットA1とA2は緩い丘になっている溶岩大地を掘削し始めた。掘削ドリルは削りカスを飛ばしながら、ゆっくりと地中に入って行った。
「位置的には、あれで合っているのですか」
与田は以前に自分たちが探査した金脈の位置と若干違う気がしていた。
「はい。あの角度で掘削すると50m先に最初の金脈にぶつかるはずです。位置はAIとGPSを活用しているので、1ミリの狂いもありません」
和田は即座に答えていた。
「人が掘削機を持って掘るよりも早くて正確というわけですか」
与田は感心していた。
「後は昼飯でも食べて昼寝して夕方には金が見られるってわけね」
「大臣、そんなに早くは行かないと思いますが、2~3日中には確実です」
「あら、そうなの」
「それでは他の沿岸部も測量いたしますので、大臣たちは中で昼食などを食べてください」
和田は船内に与田達を案内しようとしていた。
与田と島谷は調査船の遊戯室でテニスゲームをしていた。与田がコントローラーを振ると画面上のラケットも動き、島谷側に打ち込んでいた。島谷は前進しボレーで打ち返してきた。与田が受け損ねそうになったが、かろうじて返すことができた。
「与田、あたしのボレーを返すとは大したものね。でもね、これでどう」
島谷はバックハンドでまた打ち返してきた。
「なんのこれしき、」
与田は渾身の力を込めてラインぎりぎりに打った。
「あぁ、もう!」
島谷はコントローラーを床に叩きつけていた。
「おい、なんか船が備後金鉱の方に戻ってないか。なんかあったのかな」
与田は窓の外を眺めていた。
「まだ終わってないわよ。どこへ行くの」
「和田の所に行ってみる」
与田は遊戯室から出て行った。島谷も仕方なく付いていく。
「わずか5m掘った所で停止し、急に横方向に向かい出して…。どうもA2に不具合が発生したようです」
和田は困惑顔で現場から送られてくる映像をモニター画面を見ていた。
「故障ですか」
与田もモニター画面を見ていた。
「よくわかりませんが。センサーの故障ということも考えられます」
和田は、部下の職員たちに、可能性を検討させていた。
「硬い岩盤でもあったのかしら」
島谷は残念そうにしていた。
「もしかしたら、人工知能が何か金以外のものを発見したかもしれません」
「与田はポジティブねぇ、だけどそんなことはないでしょう」
「和田さん、レアメタル系の鉱脈などがあるか調べてください」
「は、はい」
和田は乗り気ではなかったが、部下に探知させていた。
探知結果が出るまでにしばらく時間を要した。
「知事、横方向にAIが注目する何かあるようですが、A2のセンサーではわかりません」
「実際に探知器を持って行って調べないとダメか」
和田は小声になっていた。
「人手が足りないから、次回の調査の時に調べるか」
「和田知事、人手なら私が行ってきます。水上バイクを貸してくれませんか」
与田が申し出ると和田は躊躇していた。
「しかし、大臣の秘書さんに何かあっては…」
「今の所、波も穏やかですし、探知器には慣れてますから。それに自己責任で行きます」
与田は、行きたくてうずうずしていた。
水上バイクで波打ち際まで行った与田。探知器を背負ってロボットA2が掘削した穴の方に向かった。ロボットA1は当初の方向に向かって掘削していたがA2は停止していた。
与田はロボットA2の掘削した穴に入り、A2のすぐ後ろまで中腰で入って行った。掘削カスを運び出す付属の小型ロボットが邪魔で、センサーを横方向に向けられなかった。与田はその小型ロボットを動かそうとするが意外に重く、動かすのに時間がかかった。それでも隙間ができたので、センサーを向けてモニター画面に表示され
る結果を待った。その間がひどく長く感じられた。周りがゴツゴツとし穴の中、落盤でもあったらと思うと、後方から差し込む陽光が心細く見えた。
ビープ音がして結果が表示された。横方向40m程行った所にレアメタルのタングステン鉱床があることが判明した。与田は二度見していた。思わず立ち上がりかけて頭をぶつけてしまった。まだ他に何かないかと、いろいろとアタッチメントを替えて調べたが、目ぼしいものはなかった。与田はロボットA2が故障していないのを確認すると穴が出て行った。
「この備後鉱山は金の他にレアメタルのタングステンもあります。まさに宝の丘といった所です」
与田は水上バイクに備え付けてあった無線機を手にしていた。
「タングステンですか。それは凄い」
和田の背後ではざわついている声がしていた。
「まだ埋蔵量はわかりませんが、希望が持てます」
与田は頭の擦り傷をさすっていた。
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