第7話・自然保護団体

●7.自然保護団体

 父島の二見港ではクレーンで電動水中翼船が海に下されていた。

「あれが、あたしたちの水中翼船ね」

「あたしたちじゃなくて、再建開発庁のだけどな」

「どのみち同じじゃないの」

「私用目的に使うと、職権乱用で騒がれるぞ」

「それはわかってるわよ。今回だって南海道島の鉱物資源探査でしょう」

「金鉱脈が見つかると良いのだが…」

与田と島谷が話していると、AI探知器などを抱えている香取と見城が歩み寄って来た。

「お、君たちか。今日から再建開発庁の職員だからな。よろしく頼む」

与田が言うと見城は怪訝そうな顔をしていた。

「私たちは再建開発庁のどこに所属するのですか」

見城が言うと香取ももの言いたげであった。

「え、それは…」

「与田、決めてなかったの」

「そのぉ、なんだ、資源探査課あたりかな」

「大臣付資源探査室の方が良くない」

島谷は大臣の所を強調して言っていた。

「…それっぽいな。大臣付資源探査室にしよう。見城さんお聞きの通りだ。香取もそれでいいよな」

「与田さん、良いっすよ。これで俺も安定した公務員だ」

「香取、そのぉ安定というのは、まだわからないけどな」

与田は大打撃を被った国家そのものの先行きが気かがりでもあった。

「俺、高卒だしは職を転々として来たから、安定が第一なんっすよ」

「戸塚教授の助手をやっていたから、院生上がりだと思ってたけど、」

「助手はオヤジのコネっす。見城さんは院生上がりですけど、俺は自衛隊、板金工、清掃員、助手って感じでして」

「君、だってまだ24か25ぐらいだろう。転々としているな」

与田が言うと香取は照れ笑いをしていた。

 与田達は予備のバッテリーも積み、電動水中翼船に乗り込んだ。

「それじゃ、宝島に向かって出発するか」

運転席に座る与田はスロットルレバーを動かした。電動水中翼船は軽やかに前に進み出し、速度が上がると海面から船体が浮き上がった。


 南海道島はかなり噴煙が収まってきた。しかし草木が一本も生えていない黒っぽい塊であった。一面にゴツゴツとした地形が広がっていた。波打ち際には溶岩が海水に接して湯気を立ち上らせている箇所が、ちらほらあった。

「この辺りは、まだ熱いようだな」

運転席の与田は水中翼船の速度を落としていた。

「与田さん、表面温度は高い所で95.3℃になっています」

見城はAI探知器をサーモグラフにしていた。

「ここは金の鉱脈があっても、しばらくは上陸できないな。他を探そう」

「いや、待ってください」

見城は金鉱脈探知モードに素早く切り替えていた。

「でもなぁ、無理だぞ」

「与田さん、ありましたよ。あそこの中腹辺り」

「え、あの奥にある丘陵地帯の辺りか」

「はい。間違いありません。金鉱脈です。ハッキリと示されているので、含有率が高いようです」

「見城さん、それ本当なの。あっちこっち探す前に、いきなりビンゴってわけね。ラッキー!」

島谷はご満悦であった。

「香取、座標を記録しておいてくれ」

「了解しました。けど、ここの地名は何にします」

「地名か、そうだな備後金鉱とでもするか。よしこれで行こう」

「備後金鉱は横に長い感じです。相当の埋蔵量と言えます」

見城は淡々と言っていた。

「ここは秘密にしておかないとな…、あそこに見える船は海上保安庁の船か」

与田は水平線ギリギリの所に見える船影をいち早く見つけた。

「違うわよ。日の丸を掲げてないわ」

視力の良い島谷は目を凝らしていた。与田は香取から手渡された双眼鏡で覗いていた。

「…SDGs FIRSTって書いてある横断幕があるぞ。どこかの自然保護団体かな」

「外国の団体なら、領海侵犯じゃないかしら。政府の人間として見過ごすわけにはいかないわね」

島谷は急に大臣面をし始めた。

「…SDGsファーストの文字もあるから、日本支部か日本の団体のようだな」

「でも、この備後金鉱の辺りにいるのは、気に入らないっすね」

「香取、さっそく地名を使ってくれたな」

与田が言うと香取はグータッチしてきた。

「与田、どうする」

「俺らがしばらくここにいて、近寄れないようにしておくか。その間に海上保安庁か自衛隊を呼んで」

「ここなら硫黄島の自衛隊が一番近いと思います」

見城がすかさず言ってきた。

「それじゃ、連絡を頼む」


 電動水中翼船は備後金鉱の近くの海域をゆっくりと移動して、他に何かないか探査していた。

「与田さん、あそこに表面温度が40℃前後の場所があります」

見城は備後金鉱から2キロぐらい離れた入り江の奥を指さしていた。

「有毒ガスもないよな。よし、上陸できそうじゃないか。行ってみよう」

与田は見城が見ているモニターをちらりと覗き込んでいた。


 入り江の少し手前で水中翼船の錨を下し、与田達は足元を濡らしながら上陸した。

「与田さん、ここの地名は何にします」

「そうだな、ここは香取が名付けてくれよ」

「…香取ヶ浜っていうのはどうっすっか」

「いいんじゃないか」

「それじゃ、衛星写真で作った白地図に書き入れておきます」

「与田、あたしも地名を付けさせてよ」

「どこでもどうぞ。陸地はあってもまだ名はないからな」

「そうね。それじゃ、香取ヶ浜の奥の高台を島谷ヶ丘とするわ」

「いいんじゃない。見城さんはどうする」

「私は、そうですね。南海道島の中央部を貫く丘陵地帯を中央丘陵とします」

「名前を入れなくて良いのか」

「別にこだわりませんから」

「そのものズバリでわかりやすいっすね」

 「さてと、…まだSDGsファーストの船がうろついているな」

与田は少し高い岩場に腰かけて双眼鏡を覗いていた。

「雨でも降ってくれると、温度が下がるんでしょうけど、」

島谷は与田の隣に座り、尻がちょっと熱い感じがしたので座り直していた。見城と香取は薄っすらと曇っている空を見上げていた。南国らしい日差しを浴びていないのに与田達は汗を拭っていた。


 島谷ヶ丘を歩く与田達。

「ここは何もないな」

与田は見城が背負っているAI探知器のモニターを見ていた。

「ダイヤでもありゃ、都合が良いんですがね」

「香取、そう甘くないのが世の中だよ」

「与田さん、亜硫酸ガスの濃度が高くなってきました。香取ヶ浜に戻らないと危険かもしれません」

見城は常に神経を張り巡らせているようだった。

「それはまずい。探査を切り上げて戻ろう」

与田が念のためマスクを装着すると、島谷たちも装着していた。


 与田達が電動水中翼船に乗り込んだ頃、上空に自衛隊のヘリが飛来した。ヘリは香取ヶ浜に着陸するとテントを広げ始めた。沖にいたSDGsファーストの船は、いつの間にか姿を消していた。

 「数名の隊員が香取ヶ浜に駐留するとのことです」

見城はヘッドセットを外しながら言っていた。

「そうか。それじゃ、安心してここから離れられるな」

与田は電動水中翼船のスロットレバーを操作した。

 夕日が沈む南海道島を背にして電動水中翼船は父島に戻って行った。父島の二見港の明かりが見える所まで来ると、夜空には星が輝いていた。


 国会議事堂の前の通りでは、自然保護団体・SDGsファーストの男女がプラカードを手にしてデモをしていた。警官が歩道からはみ出さないように誘導している中を、ゆっくりと進んでいた。

 予算委員会では与党と野党が対峙していた。

「総理、SDGsファーストの書き込みにによると、政府は南海道島の乱開発に躍起なっているとありますが、貴重な自然の生成過程が観察できる南海道島を自然観察保護区に指定するつもりはあるのですか」

野党第二党の女性議員が松井に詰め寄っていた。

「自然観察保護区は設けるつもりですが、全島にわたって開発を禁止する予定はありません」

「そんな中途半端なことをしたら外来種が持ち込まれますよ。完全な立ち入り禁止区域にするのが望ましいと言えます」

女性議員が言うと、野党席からけしかけるヤジが飛んでいた。

「確かに望ましいでしょうが、甚大な災害トリプルパンチを受けた日本にとって南海道島が救いの島です。利用することで再起発展が可能になります」

「総理は自然保護の重要性を全く認識していないと言えます」

「認識しています。それにあなた方は膨大な被害総額をどのように賄えば良いのか全く考えていないと言えます」

松井は極めて冷静にしっかりとした口調で言っていた。

「せっかく中国が救いの手を差し伸べているのですから、それで賄えば済むことです」

女性議員は平然としていた。

「リスクが伴う借金をしろというのですか」

松井が言うと与党席から賛同するヤジが上がっていた。

「既に国債発行総額は天文学的なものになっていますけど」

「あのぉ、この災害非常時なのに平行線をたどっているようなので、もっと建設的な議論をしませんか」

野党第一党の議員が提案していた。野党第一党の座は、第一党と第二党が僅差で数を争っているので、以前のようにやたらに対立することは少なくなっていた。

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