第6話・再建元年

●6.再建元年

 与田たちは東京に戻ると、すぐに首相官邸に呼ばれていた。執務室で官房長官の報告に耳を傾けている松井首相。与田と島谷は、執務デスクの横のソファに座って、執務の区切りがつくのを待っていた。

「今回の東南海地震はマグニチュード8.5で、震源の紀伊半島沖に近い田辺市で震度6強でした。被災地域は高知、和歌山、愛知、静岡に及び甚大な被害を受けています」

「津波はどれくらいだったのだ」

松井首相は土気色の顔色になっていた。

「津波は3mから5mだったそうです」

「それで具体的な被害状況は」

「今の所、確認されている死者9000人ほどで被害総額は42兆円と想定されます」

「わかった。ありがとう。少し休憩しよう。官房長官も下がって休んでくれ」

松井はようやく与田達の方を見た。官房長官の島田は軽く会釈して部屋から出て行った。

「もうダメだ、ダメだ。東南海地震までも来てしまった。日本は十数年は貧乏国のままだろう。戦争に負けたことに匹敵するよ」

松井は頭を抱えていた。島谷、与田は首相のあまりの変わりように驚いていた。

「内閣は総辞職だな。欧米の援助があったって復興のカネは足りない。国債も限界がある、後は高利貸しの中国に借金して那覇港を取られるしかない。どのみち終わりだ。まさに絶望の縁だよ。畜生!八百万の神に見捨てられたか!」

松井はデスクにうつ伏せて、デスクを叩いていた。

「首相、そう言わずになんか手はあるはずですよ。あたしも尽力しますから」

島谷は、おそるぉそろ声を掛けていた。

 与田はバンっと執務デスクを叩く。松井は顔を上げた。

「首相!あんたがそんなことでどうするんですか。総辞職なんてしてる場合じゃないです。与党も野党もロクな奴がいない。悪い要素は出尽くしたわけだし、これ以上悪くはなりません」

与田は声を張り上げていた。島谷は首相の秘書官たちが入って来るのではないかと怯えていた。

「そんなヘッボコで、よくもまぁ今まで首相がやれましたね。八百万の神は見捨てるどころか、宝物をくれたんです。南海道島という宝島を」

与田は勢い任せに、自分の希望的観測を言ってしまった。

「宝島?」

松井はポカンとしていた。

「中国の借金など糞食らえです。基本的に地震の急激な圧力変化で一瞬にして金鉱脈が生成されます。南海道島を作った海底火山は、何百万年も前からこれを繰り返しています。それが今、一部海上に隆起しています。金鉱脈が必ずあります」

「よくわからんが、本当かね」

「わかりやすく言いますと、急速かつ大幅な圧力の低下が生じる。するとその洞穴内にある液体がほぼ瞬時に気化します。その結果、過飽和溶液中に残されたシリカおよび金などの微量元素が結晶化して、小さな金鉱脈を形成するんです」

「ますますわからなくなったが…」

「与田、とにかく金鉱脈があるというのね」

「そう。だから松井首相、政権を投げ出さないでください。日本の歴史に残る首相になれるチャンスなんです」

「歴史に残るチャンスか。しかしカネ以外にもいろいろと苦難が待ち受けているが…」

「この非常時なら挙国一致内閣にして強い指導力を発揮しても良いんです。エセ民主主義の名のもとに日本の足かせとなっている野党をぶっ潰しても、日本を発展に導いてください。それができるのはあなたしかいない」

与田の演説めいた言葉の魔法にかかり、その気になって来た松井。目に輝きを取り戻しているようだった。

「与田君、本当だな。私をその気にさせたのは君だからな」

「はい。私も島谷も首相と運命共同体です」

与田が言う。

「えっ、あたしも」

島谷は自分も含まれていることに驚いていた。

「わかった。一緒に日本を立て直そうじゃないか。君たちは私的なブレーンだ」

松井は席から立ち上がり、与田と島谷と握手していた。

「与田、あたしの時もそうだったけど、あんたは人を元気づける天才かもね」

島谷はぼそりと言っていた。


 執務室をノックして官房長官が入ってきた。

「どうした」

松井はティーカップをデスクに置いた。

「新たにわかったことがありまして…」

官房長官は与田達を見ていた。

「彼らは私のブレーンだから問題ない」

「首相、首都直下型地震の概算被害総額は89兆円になる見込みです」

「89兆、控えめだな。忖度せず正直な数字で言っても良いぞ。富士山噴火、首都直下、東南海で総額は最低でも160兆円は越えるだろうから」

「は、はい」

「まだ何かあるのか」

「衛星計測や測地点のGPSデータによると、今回の東南海地震に伴ってフィリピン海プレートが僅かに浮き上がり、日本列島は日本海側が3センチ前後、太平洋側が20センチ前後隆起しているそうです。さらに南海道島が大幅に隆起し溶岩の噴出との相乗効果でより大きな陸地となり、幅42キロ・長さ450キロになっています」

「小さな隆起でも日本浮上というわけか。幸先が良かろう」

松井は微かに不敵な笑みを浮かべていた。

「島田長官、450キロですか…となると福徳岡の場から令和新山までになるのか」

与田は自分の想定よりも大きくなっているので、驚きの表情を浮かべていた。松井、島田、島谷はただ茫然と与田を見ていた。

「令和新山とはなんだね」

「私が見つけて名付けた海底火山が隆起した場所です。西之島の北方にある海底火山帯の切れ間にあたります」

「そうか。取りあえず日本の領土が増えたな」

松井は前向きに捉えていた。官房長官の島田は、松井の底知れない心の余裕に改めて尊敬の念を抱いていた。

「そこでだ。新たに発足させる再建開発庁の特命担当大臣に島谷君を抜擢しようと思うが、どうかな」

松井の言葉に島谷と島田は、ちょっと動揺していた。

「え、あたしですか。荷が重いかもしれません」

「その役職に就くことで政治的なキャリアが増すはずだ。いつまでも副大臣ばかりではダメだ」

「は、はい」

「それに与田君、君は島谷君が大臣だと何かと南海道島開発がしやすくなるぞ。君には南海道島開発局長になってもらい、金鉱脈など探し当ててもらうぞ」

「はい。それは願ってもないことです。島谷、ほらありがたくお受けしろ」

「与田のためなの…」

「島谷君、もっと広い心を持て。日本を立て直す大事な役目だが、私や内閣府が実務的な立案はするから大丈夫だ」

「また、広告塔的な感じですか」

「それは君の働き次第ではないかな。とにかくよろしく頼む。あぁそれと環境副大臣と被災者支援担当副大臣は後任に任せろ」

「わかりました」


 内閣府所管の再建開発庁は中央合同庁舎4号館内に設けられていた。大臣執務室の大臣の席に居心地悪そうに座っている島谷。背もたれの方が大きい感じであった。与田は大臣のデスクの前にパイプ椅子を置いて座っていた。

「与田、あんたの席は、大部屋の南海道島開発局長席でしょう。何でここによく来るわけ」

「この大臣執務室ってなんか落ち着くんだよな。今日はお茶しに来たんじゃなくて、南海道島の探査用に電動水中翼船購入の決済承認をお願いに来たんだ」

「あぁ、あの丸っこい船でしょう。見城さんの写真で見たわ。あたしも乗ったみたいし。面白そうね」

「遊びで乗るんじゃなくて、浮いている軽石や火山灰に強いし速度が早いから、重宝するんだ」

「あたしを乗せてくれるなら、決済するわ」

「えっ、これだからな…。思いやられる大臣だぜ」

「与田だって、操縦したくてうずうずしてんるじゃないの」

島谷に痛い所をつかれた与田。

「乗せてやるから決済を頼む。もう発注してるから自腹になってしまうんだ」

「あたしの許可もなしに発注しているの。金輪際、こういうことはなしよ。けじめはつけてもらわないとね」

「わかった」

与田は話がついたので、紙コップのコーヒーをグイッと飲み干していた。

「そうだ。再建開発庁として良い提案がある。南海道島の立地を活かして24時間宇宙港を作ろう。世界中から注目され利用者が来るはずだ。稼げるぞ」

「何、夢みたいなこと言ってんのよ。資金はどこからひねり出すの」

「クラウドファンディングで募ったらどうだ。松井首相に言うだけの価値はある」

与田はその場で首相にメールをしていた。


 松井は首相官邸のリモート会議スタジオの演台に立っていた。彼の映像はニューヨークの国連本部とつながっていた。官邸のスタッフと共に与田と島谷はスタジオの端で様子を見ていた。

「…富士山大噴火、首都直下型大震災、東南海大震災と立て続けに未曾有の大災害のトリプルパンチに遭いましたが、我々日本国民は決してここで挫けるわけには行きません。既に温かいご支援ご協力を各国から賜り感謝申し上げております。引き続き再建に努力を重ね、世界経済に寄与できるよう邁進いたします」

松井が一旦区切ると、ニューヨークの会場では拍手が響いていた。

「続きまして、日本再建計画の一つをご紹介申し上げます。今回現れた南海道島に24時間宇宙港を作ろうと思いますが、必要な資金2000億円をクラウドファンディングで募りたいのです。これに可能性や希望を見出した方々や企業がございましたら、ご協力いただければ幸いに存じます。この他、我が国の耐震対策技術は世界のトップクラスを行くものですが、この特許の一部を開示して…、」

松井はプロンプターを見ながら説明していた。

 「長いわね。立って見ているのが疲れちゃった」

小声の島谷は足をさすっていた。

「おいおい、首相が熱弁をふるっている時に、それはないだろう。我慢しろ」

与田はささやいていた。

「クラウドファンディングで、どの程度集まるかしら、」

「こちらはどちらかというと企業や個人に訴えている感じになるけど、どうだろう」

「何兆円とかは無理よね」

「首相には首相なりの考えがあるのだろう」

「あぁ、やっと終わったわ」

島谷は与田やスタッフたちと同様に首相に拍手を送っていた。

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