第5話・東南海地震
●5.東南海地震
与田と島谷は、コングレコンベンションセンターで開催されているカーボンニュートラル・フォーラム大阪に参加していた。
「…本日、マークⅡ感染症により出席できなかった環境大臣に代わって私、副大臣の島谷が申し上げますが、目標より5年早いカーボンニュートラル達成はほぼ確実になっています。これもひとえに、ここにご出席の方々や企業の努力の賜物と確信しております。ありがとうございました」
島谷はしっかりとした足取りで演台を降りる。会場に響く拍手の中、舞台袖に入って行った。
舞台袖で立って見ていた与田は、軽く拍手しながら近寄ってきた。
「あんた、いや副大臣、良かったぞ」
「そう。それじゃ…、さっき見つけたガード下の店で串カツをおごってちょうだいよ」
島谷は副大臣面から子供っぽい顔つきに変わっていた。
「はいはい。これは経費で落とせるよな」
「実質、秘書業務は笹原さんがやってるんでしょう。あんたは南海道島で忙しいから」
「彼女には助かっているよ」
与田達はコングレコンベンションセンターを出てJRのカード下の串カツ店に入っていた。壁にはソース二度漬け禁止の薄汚れた張り紙が張ってあった。しかしソースディスペンサーが置いてあり、掛ける方式に変わっていた。
個別の皿に載せられた串カツを黙々と食べる与田と島谷。
「キャベツがもっと欲しいな」
与田はキャベツを頬張っていた。
「はぁ、結構、腹にたまるわ」
島谷は皿に目が集中していた。
「おい、そろそろ行かないと新幹線が来るぞ」
「え、あ、大阪駅じゃなくて新大阪だったわよね」
島谷は最後の一本を口に頬張りながら腕時計を見ていた。
新幹線のぞみに乗った与田と島谷。
「もうすぐ日が暮れるから、窓際の席は与田に譲るわ」
「富士山が見られないからか、全く子供みたいだな。しかしこれも後2時間半の辛抱か」
与田が話していると週刊誌の記者らしい男が通路を通過して行った。
「あいつ、俺の顔を見て、ガッカリしていたよ。俺が秘書だということを知っているみたいだ」
「あんたが、新恋人だと思っていたのかしら、お笑いね」
「しかし俺が南海道島の調査隊長とは知らないようだぜ」
与田は島谷の言葉を聞いていなかったように言っていた。
新幹線のぞみは富士川の手前辺りで、急に車体が横揺れし出した。新幹線の速度は徐々に落ちていく。さらに揺れが激しくなり横倒しになりそうな程であった。車内が騒然となり、女性客が悲鳴を上げていた。列車は最寄りの駅で完全に停止した。
「ただ今、地震が発生したので、新富士駅に緊急停車いたしました。詳しい情報が入り次第、アナウンスいたします」
車内アナウンスがあった。車内の照明が消えてしまった。再度、女性客の悲鳴が聞こえていた。しかし数分後、再び照明が点灯した。車内の文字表示ディスプレーには、緊急停車中の文字が点滅していた。
「おいおい、来るべきものが来たか。今のはかなりデカかったぞ」
「東南海地震っていうこと」
「富士山噴火、首都直下型地震、東南海地震とトリプルパンチか」
「でも東海地震だけかもよ」
「どうだろう。それよりもここからどうやって東京に戻るかだよ」
与田は窓の外に向けて目を凝らしていた。
「こんな所にいつまでも閉じ込められてエコノミークラス症候群になるわけには行かないわ。これにモノ言わせて出て行きましょう。車掌は後ろの車両よね」
島谷は議員バッジを見せていた。
「よせよ。まだ様子をみようぜ」
「偽善者ぶるのはやめて。せっかく国会議員になって副大臣になったのだから、普通の人間とは違うのよ」
「で、どうするんだ」
「あたしを東京に帰す手段を考えたもらうのよ」
「しかしなぁ、全て麻痺してて、それどころじゃない気がするぞ」
「それにぐずぐすしていたら、津波も心配じゃないの」
車内にいても微かに津波警報が聞えていた。
「…ここから海岸線見えないし、高架の駅にいるから大丈夫だと思うがな」
「海が見えないのは夜だからよ」
島谷は立ち上がろうとしていた。
「ご乗車のお客様で、医師、看護師、助産師の方がいらっしゃいましたら、至急6号車までお越しください。産気づいたお客様がいらっしゃいます。いらっしゃいますでしょうか」
車内アナウンスがあった。
「あの声は車掌よね。車掌は6号車にいるんだわ。グリーン車のここは何号車だったかしら」
「9号車だよ」
「近いじゃないの」
島谷は歩き出した。仕方なく、与田も後に続いた。
6号車の連結部のドアが開き、島谷が入って来る。真ん中辺りの席の付近に人だかりができていたが、腹が大きい妊婦と呆然と見守っている人だけであった。この人だかりの中に週刊誌の記者らしい男もいた。
「あぁ、あなたは…」
車掌は島谷を医療関係者かと思って見ていた。島谷は上着の襟元にある議員バッジを見せていた。
「国会議員の方ですか」
「あのぉ」
島谷が言いかけた時、妊婦が苦しそうにうめき出した。再度、島谷が何か言おうとすると与田が腕をつかんで、引っ張った。
「何よ」
「医者がいないなら、あそこに運ぶように言え」
与田はささやくように言っていた。
「なんで、あたしが言うのよ」
島谷も小声で応える。
「あの、どうしました」
車掌は妊婦をさすりながら言っていた。
「あそこの富士市立中央病院に運べば良いですよ」
与田は、窓の外のホーム越しに見える病院の看板を指さしていた。
「しかし、あそこは緊急外来はやっていないし、ましてや大地震が起きていますから…」
「車掌さん、これで無理を押し通しますよ。新しい命のために」
与田は島谷の襟をつかんで議員バッジを見せていた。
「それなら、なんとかなるかもしれません。当直の看護師ぐらいはいるでしょうから。助かります」
車掌の顔は明るくなった。
「男性の方、こちらの妊婦の方を運ぶの手伝ってください」
車掌が言うと、与田と近くにいた男性二人が手伝い始めた。
駅備え付けのタンカから車椅子に乗せ替え、夜の新富士駅前から富士市立中央病院まで歩いて運んで行った。途中、街路樹や電柱が倒れている所があったが、脇をすり抜けて進めた。ソーラーパネル蓄電の街灯は点灯していたが、それ以外は点灯していなかった。島谷はふてくされたような顔をしていたが、夜なので遠見には親身になっているように見えた。
病院の処置室に妊婦が入って、しばらくすると赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。廊下のソファに座っていた与田達は、ほっとした表情になっていた。車掌は島谷に感謝の言葉を残して、駅の方に向かって行った。
「あぁ、良かった。これも島谷副大臣のおかげです。あなたのような国会議員が沢山いると日本は良くなるのですが」
車掌は島谷と握手していた。本心とは別の方向に議員バッチにものを言わせた島谷は、もの言いたげであった。
「それで…」
島谷は与田を気にしながら控えめに口を開いた。
「新幹線の復旧の見込みですか。全然立っていません。運転再開には早くても2~3日はかかるでしょう」
「となると、私たちはここに2~3日はいることになるのですか」
「なんとも言えません。こんな状況は初めてですから。しかし今の所、列車内は非常電源が通じているので、夜外にいるよりは過ごしやすいと思います」
「わかったわ。列車内に戻りましょう」
与田達が駅の改札まで戻って来ると、駅員が出てきた。
「島谷議員と秘書の方、東横イン新富士のツイーンルームが取れましたが、いかがいたしますか」
駅員は島谷の方を見て言っていた。
「えーっ与田と一緒の部屋、やだぁ」
島谷が国会議員らしからぬ言い方をしたので、駅員たちはあ然としていた。
「その気はないから何も起きないですよ、副大臣。全く冗談がきついんだから」
与田はその場の変な空気を和ませていた。
「配慮いただきありがとうございます。それじゃそちらに参ります」
与田が歩き出すと島谷も歩き出した。
翌日、与田達はふじさんめっせの駐車場に降りて来た自衛隊のヘリに乗った。ヘリが上昇すると、海岸線から国道1号線の辺りまで、海草やら泥水を被った住宅街が見え、流された家屋や車も所々散乱していた。
「俺らが泊まったホテルの結構近くまで、津波が押し寄せていたんだな」
与田は眼下の富士市内を見下ろしていた。
「なんか日本中が、めちゃめちゃになっていく感じね」
島谷は前髪を気にしながら、不安そう下を見ていた。
「与田、このまま東京まで行くのよね」
「いや、このヘリは避難所となっている小田原の中学校の校庭までだ。自衛隊のヘリも救助作業で手いっぱいだから、これでも良しとしなきゃダメだよ」
「じゃ、小田原からはどうするの」
「夕方にいち早く復旧する予定の小田急線で戻ることになるだろう」
「そう。小田原でかまぼこでも買う時間は充分にあるわけね」
「おいおい。店が開いていればだがな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます