第4話・南海道島
●4.南海道島
与田達、西之島調査隊は観測船からボートで上陸した。以前から島になっていた地区には僅かに草が生えていて、そこには頑丈な作りの定点観測所、分厚いコンクリートに囲まれた火山弾退避所、ソーラーパネル、ディーゼル発電機、交信用のパラボラアンテナなどが設置されていた。定点観測所の中には、地震計などの各種計測機器のラックとPCが3台が置いてあるデスクがあった。仮眠部屋の奥には備品倉庫もあった。海が荒れてボートが接岸できなくても、4人が3日ぐらいは過ごせるようになっていた。
与田は観測用のドローンをラックから取り出し、バッテリーなどをチェックしていた。
「拡大西之島の北部をそれで調べて見たいのですが、バッテリーは持ちそうですか」
戸塚教授は度の厚いメガネをかけ直しながら言っていた。
「大丈夫です。さっそく飛ばしますか」
与田はドローンを持っても強い日差しが急に曇り始めた外に出て行った。
ドローンはプロペラをうならせて飛び上がって行った。ドローンを見上げる与田、戸塚教授、男女の助手二人であった。
与田は観測所内に戻り、モニター画面を見ながら操縦していた。モニターには溶岩が固まった広大な大地が広がっていた。西之島の一番北側まで飛ぶと、その先にいくつもの噴煙を上げている島が連なっていた。周辺の海域は薄緑や黄色に濁っていた。
「これが全部繋がったら、かなり大きな陸地になりますよ。いゃぁたまげた。学者生活を40年してきましたが、こんな光景を目にすると思ってもみなかった」
戸塚が言っている最中、地面が激しく揺れ始めた。立っていた助手はしゃがみ込み、椅子に座っていた与田も椅子から振り落とされそうになっていた。1分程で収まった。与田は地震の間もコントロール装置は手放さなかった。
「香取、今の震度はどらくらいだ」
戸塚は助手に計器を見るように指示する。
「教授、震度は6強で、マグニチュード5になります」
「見城、震源はどこだかわかるか」
「ちょっと待ってください。拡大西之島南方の福徳岡の場の辺りです」
見城はPCのモニターを見ていた。彼女はマウスを操作する度に後ろに束ねた髪を軽く揺らしていた。
「あのぉ、教授、今の地震で拡大西之島の北方に新たに大きな火山島が出現しています。それにいつかの島が隆起してつながってます。拡大西之島ともつながって大きな島になっています」
与田はドローンが送って来る映像を見ながら言っていた。与田は興奮気味になっていた。
「与田さん、これは君が言っていた大きな陸地か。細長い海にできた道のようじゃないか」
戸塚教授も興奮していた。
「南海にできた道のよう陸地。…教授、南海道島と名付けたいのですが、どうですか」
「君の説の通りになっているのだから、名付け親は君だぞ。まさに南海道島、良いんじゃないかな」
戸塚は教授だが調査隊長の与田に尊敬のまなざしを向けていた。
「また揺れ始めたか」
与田は揺れを気にしつつもドローンの操縦は続けていた。
「与田さん、だいぶ煙くなってきましたけど、ドローンは大丈夫ですか」
助手の香取はドローン用のモニターを見ていた。
「そろそろ、戻すか」
与田は操縦スティックを丁寧に操作していた。
「ここのマグマは安山岩質だから、大陸生成の過程が観察できる。まさにここは地学者のパラダイスだ」
戸塚教授は感慨深げであった。
ドローンが戻って来る途中、再び地震が起こり、観測所は激しく揺れた。飛行中のドローンから送られてくる映像には、火山弾がかすめて飛んでいた。与田は火山弾を上手く避けながら操縦していたが、避けきれない火山弾があり、そこで映像が途切れた。
「あぁ、やたらにあっちこっちから火山弾が飛んでくる。ドローンがやられた」
与田はノイズだけになったモニターを見ていた。
「外には噴石が落下し始めています」
香取は窓から外を覗いていた。観測所の屋根にも噴石が当たっていた。
「もっと大きいのが降って来たら、ここにいては危ない。待避所へ急ごう」
戸塚は計測データが記録されているUSBメモリーをポケットに入れていた。
与田たちは観測所から僅か数メートルしか離れていない待避所に行こうとするが、大きな火山弾が降ってきていた。ぼこぼこと辺り一面に穴があき、噴石の破片が飛び散っていた。
「空襲っていうのはこんなものなのかな」
戸塚が言っている背後で観測所の天井に穴があき、大きな噴石が飛び込んで来た。
「まずいな」
与田は天井の穴から見える噴煙や火山灰・火山弾などで暗くなっている空を見上げていた。
「与田さん、今だ、火山弾の止み間まですよ」
戸塚が先頭をきって観測所から小走りに待避所に向かった。それに続く、与田と助手。周りがやけに暗くなるとひと際大きな火山弾が彼らの所に落ちて破片を激しく飛散させた。
与田は破片で手足に擦り傷を数多くつけていた。香取助手は腕を抱え込み、見城助手は肩から血を流していた。
「あれ、教授、どこです。大丈夫ですか」
与田は周りを見ながら声を掛けていた。
「きゃーっ」
見城の悲鳴が聞こえた。
「き、教授…」
香取は噴石の一番大きな欠片の下敷きになり血まみれになっている戸塚を見ていた。
「あぁ、なんてことに、みんな早く待避所に」
与田は助手たちを待避所に押し込み、自分も中に入った。
待避所の二重窓から外が見えるが、夜のように暗く、時折見られる火山雷の稲光が見えるだけであった。落下する火山弾の音が地響きと共になり続いていた。
「観測船と連絡は取れるのかしら」
見城は観測所の手回し発電機のハンドルを回しながら無線機のマイクを手にしていた。しかし空電音ばかりで応答はなかった。
「こんなに急激に火山活動が激化するとは、思ってもみなかった」
与田が言っている最中も地震は散発的に続いていた。
「なんかやけに揺れてませんか」
香取は待避所の手すりにつかまっていた。
「地震に伴って隆起している可能性がある。一体、この南海道島はどこまで大きくなるのだろう」
与田は大自然の驚異に畏怖の念を抱いていた。
与田たちは待避所で一晩を明かし、翌日昼頃になって火山活動が弱まって来たので、観測所に戻った。観測所の屋根は4ヶ所大きな穴が開き、計測機器のラックやデスクはめちゃくちゃになっていた。ソーラーパネルは、ずたずたになっていたが、ディーゼル発電機と食料は無事であった。相変わらず観測船との連絡は取れず、与田たちは孤立していた。
「こんなビニールシートだけでは、火山弾には無力だし雨もしのげるかな」
与田は香取共に観測所の屋根に上り、青いビニールシートで穴を塞いでいた。空は薄曇りで、南国の強い日差しは感じられなかった。
「舞い上がっている火山灰が入ってこないだけでも、いいですよ」
香取は薄汚れているメガネを袖で拭っていた。与田は屋根の上で立ち上がり、南海道島の南の端と北の端を見ようとしたが、霞んでいて良く見えなかった。
「与田さん、これが終わったらどうしますか」
「ん、とりあえずカップ麺でも食うか」
与田は梯子に手を掛けようとしていた。
「俺らがここで生きていることは衛星画像で確認しもらうしかないのかな」
与田はカップ麺の最後の汁をすすり終えていた。
「観測船はどこに行ってしまったんでしょうね」
見城はうつむき加減であった。
「退避したついでに救援を呼びに行ったのでは」
「香取君は、こんな時でも楽観的なんだな。心強い」
与田が感心していると、外からスピーカーのハウリング音のようなものが聞えてきた。与田と香取は、急いで観測所の外に出た。
比較的近くの海域に乗用車程度の大きさの丸っこい船がゆっくりと移動していた。与田と香取は手を振りながら叫んでいた。助けを呼ぶ声に気が付いたのか、小型船は観測所のそばの海域まで接近する。そこからはゴムボートで与田達の所まで父島観光課の帽子を被った男が二人がやってきた。
「あなたたちは」
与田はほっとした表情で握手していた。
「我々は観光用の電動水中翼船で助けに来ました。いつもは父島周辺を周遊しているのですが、洋上をここまで来るのは初めてです」
「丸っこくて、可愛い乗り物ね」
見城は今まで強張っていた表情を少し緩めていた。
「人気の乗り物アクティビティーです。今日は存分に乗れますよ。予備のバッテリーも積んでいますから」
帽子にチーフと付されている男が愛想よく答えていた。
「さぁ、急ぎましょう。生存者はあなたがただけですか」
もう一人の男が与田達を見ていた。
「はい。ですがあのぉ、戸塚教授が…」
見城は急に暗い顔になった。それを察したチーフ。
「生きている方が優先です。こちらへどうぞ」
チーフは見城の肩を軽くさすっていた。
電動水中翼船は、速度を上げると海面から浮き上がって進んだ。
「あのぉチーフ、もうちょっと南部の方を回ってから父島に戻れますか」
与田は申し訳なそうに言っていた。
「こんなでかい陸地の南端まで行けませんが、海岸線を15分ぐらい進むことはできます」
「そうですか。お願いします」
与田は圏外のスマホのカメラを双眼鏡モードにしていた。
海岸線まで達した溶岩が冷えて固まり、独特の奇岩が立ち並んでいた。その海岸線は遥か南まで続いているようだった。途中、深く切れ込んだ所があり、その奥にはまだ赤々とした溶岩が見えていた。その後、電動水中翼船は、緩くカーブを描いて南海道島から離れて行った。
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