第3話・被災国
●3.被災国
与田と島谷は被災者避難所になっている荒川区の小学校を訪れていた。二人が体育館に入ると、奥の方にいた自治会長らしき人物が近寄ってきた。
「あんたのようなアイドル崩れの、ちゃらちゃらして奴が来るところじゃない。帰れ!」
島谷はあ然としていた。
「まぁ、まぁ、会長さん、そうおっしゃらずに」
避難所を管理している区の職員がなだめていた。島谷が体育館の中を段ボールで仕切れた区画に立ち入ろうとすると自治会長が立ちはだかる。
「帰れ、帰れ、あんたらは政治的パフォーマンスで来ているんだろう」
「いえ、私は…そんなつもりはありません。被災者の方の要望を聞きに来たのです」
「首相お気に入りの数合わせのお嬢ちゃんがね」
自治会長はそう言い残してしぶしぶ、区の職員と共に離れて行った。
「なんか好かれてないみたいね」
島谷はつまらなそうな顔をしていた。
「あんたに対する見方は、大方そんなところだからな。でも大事な人を失った痛みはあんたにもある。なんか寄り添えることはあるんじゃないか」
与田が言うが島谷はいつものように反発はしてこなかった。そのまま二人は避難所の奥まで歩いていく。テレビの取材班も一緒に移動していた。
「どうですか。何か不自由はありませんか」
島谷はしゃがみ込み被災者の女性に声を掛けていた。
「夜になると体育館は冷え込みますね」
被災者の女性は手をさすりながら応えていた。段ボールで仕切られた隣の区画からすすり泣く声がしていた。
「どうしました」
島谷は中年男性が人前で泣いている所に来た。
「む娘が…まだ10才なのにブロック塀の下敷きになって…」
中年男性は妻と思われる女性に背中をさすられていた。
「わかります」
「え、あんたも誰かを」
「はい。大事な人を失いました。しかし悲しんでばかりもいられないんです。私には政治家として仕事がありますから」
島谷は目を赤くして本心から言っていたので、男性に通じていたようだった。与田は、意外だという顔をしていた。
「そうですか。あなたも頑張ってください」
中年男性は島谷を励ましていた。
「ありがとうございます。あなたも、お気を落とさずに娘さんの分まで生き抜いてください」
島谷はちゃらちゃらした雰囲気が全くなかった。テレビ取材班はこのシーンをしっかりと収録していた。
「島谷、なんか心根が変わったぞ。俺の忠告が良かったのか」
与田は周りに聞こえないように小声で言っていた。
「あんたじゃなくて、自分自身で変わったのよ」
「そうですか。でも良いシーンが撮れた。首相も喜ぶぞ」
「…夜の体育館は冷え込みそうね。これが真冬だったら、さぞかし大変でしょう。まだ早いかもしれないけど、暖房器具を置きましょう」
「副大臣、さっそく手配しておきます」
与田はかしこまったように言っていた。
与田と島谷を乗せた政府の車は緊急車両専用道路の国道4号線を通り戻る途中、秋葉原の辺りで看板が落下し、危うくぶつかりそうになっていた。一見すると被害を受けていないようだが、所々に地震の影響が後から出てくるようだった。
車は国会議事堂の前を通過する。
「あ、あれは何のデモかしら」
島谷がいち早く目を留めていた。与田もそちらの方を見る。
「地震の元凶は二酸化炭素貯留・政府の大罪、即刻退陣要求のプラカードだ。一体誰が言い出したのだろう」
「あのロゴを見る限り少なくとも与田じゃないわよね」
「もちろんだ。しかし首相に疑われるかな」
与田たちは急遽、首相官邸を訪ねた。
「議事堂前の連中は何者だ。与田君を疑いたくなるが、絶対に違うな。それじゃ、誰だと思う」
松井首相は明らかに苛立っていた。与田は松井の目を見て大きくうなづいていた。
「妙な野党系の環境保護団体と宗教団体のようなロゴが書かれていましたけど」
島谷が静かに言っていた。
「厄介な連中だな」
「でもいずれはどこかの研究団体や市民団体が声を上げるでしょうから、今のうちに何らかの火消しをしておかないと、ただでさえ大災害なのに、政権がぐらつくことになります」
与田もなるべく首相を刺激しないように冷静に言っていた。
「政府のお抱え学者に貯留との因果関係は不明もしくは調査中として、事が起きる時期が重なっただけということにでもするか」
松井は苦悩の表情を浮かべていた。
「…はい。火山灰によって寒冷化するという棚から牡丹餅的なことを付け加えるのも良いかもしれません」
「ん、そうだな」
「首相に睨まれたらことですから。あのそれと今日の視察は副大臣が被災者に親身になって寄り添っている姿が撮れました」
与田は松井の頬が少し緩んだので安堵した表情になっていた。
「そうか。それは良いが…、もし君らが来なかったら、呼び出してとっちめるところだったよ」
松井は苦笑いしていた。
環境省内の大会議ホールでは、新たに発足した災害環境対策会議が行われていた。テーブルがロの字型に置かれ議論が続いていた。
「ここで、富士山噴火の直前に二酸化炭素海底貯留プラントに視察に行っていた島谷副大臣に、当時の状況をお聞きしたいのですが」
災害環境対策会議の議長が指名していた。島谷はマイクを手にして立ち上がった。
「二酸化炭素貯留は順調に行われ、異常な兆候は見られませんでした。それに海底火山帯と離れた位置にプラントがあります。私の見解としては貯留の影響というよりも、周期的に噴火の時期が来ていたと思えるのです」
島谷が言い終えると、会議に同席していた首相は軽く微笑んでいた。
「あなたの秘書の方は、以前に海洋開発機構にいたと聞きますが、あなたの見解は彼の考えに基づいているのですか」
議長が言うと、座りかけていた島谷は脇に座っている与田を見てからすぐに立ち上がった。
「はい。専門家の意見は参考にしています」
「ありがとうございました。それでは引き続き、火山帯と海洋プレートとの関係性について討論したいと思います」
議長は淡々と会議を進めていた。会議はネットで中継され、オープンなものになっていた。
首相官邸に戻り、ティータイムの談笑をしていた与田、島谷、松井首相。
「いゃぁ、島谷君、今日の証言は良かった。しかし与田君、本当の所はどうだね」
松井はティーカップを置いてから与田の方を見ていた。
「正直言って影響はあったと思いますが、今、政府としてはそれを認めるわけには行かないと思います」
与田は言い終えるとティーカップを手にして軽く口を湿らせていた。
「よしよし、君も政治家の秘書として、物分かりが良くなってきたではないか」
松井は満足そうであった。
ドアがノックされて官房長官の島田が入って来た。
「あのぉー」
島田は与田達の方を見ていた。
「良い良い、彼らなら構わない」
「首相、中国が噴火及び大震災の災害支援金を融資したいと申し出て来ましたが…」
「台湾は災害支援金を激励の言葉と共に送って来たのだが、中国は融資と来たか」
「それで、担保として那覇港の港湾利用権を求めています」
「人の弱みに付け込むのが国際政治だからな…、しかし港湾利用権か。となると返しきれない莫大な額で返済期
限が短いのだろう」
「はい、5千億円単位で十兆を越える額まで幅を持たせていますし、期限は基本5年で要相談とのことです」
「大陸と台湾ではずいぶん違うものだな」
「それと韓国が、震災地帯で韓国人や在日が強盗を繰り返していると、ヘイト行為や差別を受けたとして、その謝罪と補償を要求してきています」
「実際のところはどうなのだ」
「警察に問い合わせたところ、特にそのような案件は確認できなかったとしていますが、この大震災時のことですから、強盗もヘイトも完全にないとは言い切れないかもしれません」
「だから、そこをついてきたわけか。いずれも狡猾だな」
「あのぉーまだありまして、ロシアはサイバーインフラの復興に寄与したいと言っています」
「インフラか、これを機にネット関連を乗っ取る気がみえみえじゃないか」
「それと米軍とオーストラリア軍による救援物資は空路海路共に続々と到着していますし、イギリスとEUは医
療スタッフを派遣してくれています」
「それはありがたい。こうも被災国日本に対する態度が違うとは、ある意味わかりやすいな」
松井はティーカップに残っていた紅茶を一気に飲み干していた。官房長官はスマホの着信音がしていたので、ちょっとその場を離れた。小声で通話をしていた。
「どうかしたかね」
「あ、首相、防衛省と海上保安庁によりますと、西之島とその周辺にある溶岩噴出口から多量の噴出があり、勢いが増しているそうです。その上、西之島は大震災以前の20倍に面積を広げ、さらに拡大しているとのことです」
「ん、これは…与田君の出番が来たようだな。さっそく与田君を中心とした西之島調査隊を派遣しよう」
松井は与田に目を向けていた。
「あたしは、どうしますか」
「島谷君は別の秘書を立てて、兼任している2つの副大臣の職務を全うしてくれ。しばらく与田君と会えんかもしれないが…寂しいかね」
「いいえ、せいせいするくらいですよ。それでは新しい秘書を探しますけど…」
島谷は少し考えていた。
「それには及ばんよ。官房長官の秘書が一人余っているから、笹原だったけ、彼女が適任ではないかな」
首相が言うと官房長官はうなづいていた。
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