第2話・首都直下型地震
●2.首都直下型地震
富士山噴火から1ヶ月が過ぎると都心に降り積もった火山灰は大方撤去されていた。交通網、ほぼ従来通りに戻っていた。
平日のこの日、与田は自宅のPCでネットバンキングで口座の残高を確かめていた。
「なんだよ、振り込まれていないじゃないか。あの強欲女め」
与田は一人で叫んでいた。事務所に何回も電話してみたが誰も出ず留守電話切り替わっていた。与田は埒が明かないので直に会って問いただす必要があると思った。
上着に袖を通していると、部屋が揺れ出した。それがだんだん激しくなり、ペンダント式の照明が振り回されるように揺れ出した。時計を見ると午後3時を回ったところだった。与田はふらついたので、その場にしゃがみ込んだ。本棚の本が飛び出し、床に散乱した。食器棚が倒れ、テレビも倒れていた。そこで揺れが止まった。立ち上がろうとすると、また揺れ始める。与田はふらつきながら、閉じ込められないように玄関のドアを開けに向かった。下駄箱の上に置いてあった花瓶が飛ぶように落下して派手に割れていた。まるで悪路の上を走る乗り物のように激しく揺れていた。1分程で揺れが収まった。近くの京島西公園に設置された区のスピーカーから警報が聞えて来ていた。
与田はベランダに出て見ると、4階から見える辺り一帯は、倒壊している家や煙がちらほら上がる家が見え、炎が出ている家もあった。それでも京成曳舟駅の周辺の高層マンションは一棟も倒壊していなかった。
耐震構造の建物は全て無事のようだが、古い家はほとんど押しつぶされていた。与田は永田町の議員宿舎などは、ビクともしていないだろうと容易に想像がついた。だとすると、あの強欲女の所は無事なのか…そう思うと、余計に腹が立っていた。どうせここにいても、電気水道ガスは全部止まっているはず、復旧の目途も立たないだろう。それならば、食つなぐためにも、歩いてでも議員宿舎に怒鳴り込みに行こうかと思った。
与田は国道6号線の歩道を都心に向かって歩いていた。国道4号線が緊急自動車専用道路になり規制されている分、流れ込んできた車が殺到していた。車道はほとんど駐車場状態になっていた。
歩道は早めに帰宅してくる人の群れが押し寄せ、逆方向に向かう与田は人の間をすり抜けるように歩いていた。与田は歩きにくいので途中から国道6号線に並行している道に入って歩き出していた。国道沿いの建物は、ほとんど倒壊していなかったが、一歩脇道に入ると、半壊している民家を何軒も目にし、住民が消火作業をしている場所もあった。中には建物が全壊し道を半分塞いでいる所もあった。
与田が手にしているスマホは回線が処理しきれず全く使えない状態であった。たまに見かける電話ボックスには、人が並んでいた。空はそこら中の火事から立ち上る煙で霞んでいた。晩秋の陽は短く、もう4時過ぎにはかなり暗くなっていた。
与田は足に豆をつくり、ようやく赤坂の衆議院議員宿舎までたどり着いた。入口のゲートの所には警官が立ち警戒を強めていた。
「あの、どちらまで」
警官に呼び止められる与田。
「私は島谷香音衆議院議員の秘書ですが」
与田は返納し忘れた通行パスを見せていた。警官はそれを守衛に渡しスキャンしていた。
「このパスは無効となっていますけど」
「あぁ、地震で気が動転し、古いものを持ってきてしまった…。とにかく島谷議員のことが心配なもので、そのぉ、安否だけでも確認取れませんか」
与田は軽く子芝居していた。
「与田さんじゃないですか。しばらく見かけないから辞めたかと思いましたよ」
年かさの守衛・鈴木が奥から出てきて声を掛けていた。
「いやぁ、海外に視察に行ってたもので」
「あっ、この人確かに島谷議員の秘書ですよ」
その守衛が警官に言ってくれた。別の守衛が警官の所にやってきていた。
「…島谷議員と連絡が取れたのですが、かなり取り乱しているようで…」
と別の守衛。
「何かあったのですか。それは心配だ」
与田は、不安そうな表情をわざと浮かべていた。
「わかりました。それでは守衛の鈴木さんと共に島谷議員の居宅まで行ってください」
警官はゲートの前に置いていたバリケードを移動させていた。
与田は鈴木とともに島谷の居宅に入った。ダイニングテーブルうつ伏せている島谷は泣き崩れていた。思い余って自殺でもしかねない雰囲気が漂っていた。与田は給料振り込みの件で怒鳴るつもりだったが、あまりに痛々しい姿に力が抜けていた。島谷は入って来た与田と鈴木を呆然と見ていた。
付けっぱなしのテレビでは、地震の情報が流れていた。
『「本日、午後3時2分に発生した首都直下型地震の震源は23区南部で、マグニチュードは7、湾岸部で震度7、23区東部の震度は6強、23区西部と多摩地区は震度6弱、現在確認されている死者は6600人ですが、不明者は1万人を越えています。東京湾の津波は80センチ程度です。海には近づかないでください」ニュースキャスターの画像の周りには、文字データが多数流れていた』
与田と鈴木はゆっくりと島谷のそばに来た。
「なんだ…あんたか」
赤く泣きはらした目で与田を見ていた。鈴木はここにいてよいものか迷っていた。
「鈴木さん、一緒に居てください。ここで自殺でもされたら、私が殺したと疑われてしまいますから」
与田は鈴木を引き留めていた。
「卓也が死んだのよ。たった今、荒川区の病院から連絡があって」
「卓也って誰ですか」
与田はぽかんとしていた。
「アイドル辞めてすぐに付き合い始めた彼よ」
「度々ここに来ていたあの秘書の方ですか」
鈴木は思い当たる節があるようだった。
「俺の他に秘書がいたのか。これは驚いた」
与田はぼそりと言っていた。
「彼がさっきの大地震で死んだのよ。この先あたしは、どうすればよいのよ。これもあんたのせいよ」
「ちょっそれは無理があるでしょう」
与田が言っていると鈴木もうなづいていた。
「ところでなんで、来たのよ」
「給料の件で、振り込まれていなかったから」
「あぁ、あれね。鈴木さん、あたしは自殺なんかしないから、ちょっと席を外してくれます。込み入った話をす
るので」
島谷が言うと、救われたよう顔をして鈴木は出て行った。
「今は振り込みどころじゃないわ。彼がいなくなったのよ」
「しかし、彼、彼って、あんたのプライベートがどうであっても払うものは払ってもらわないと、ハローワークに相談するしか手はなくなるな」
与田はテーブルを叩きたい衝動に駆られていたが抑えていた。
「とりあえず、いくら欲しいの」
島谷は財布を持ってきた。
「そういうことじゃなくて。けじめをつけてくれ」
「あぁ、もう、頭の中、真っ白よ。あたしを訴えたかったら、勝手にしたら。世の中どうでもいいわ。腹いせにあんたを道連れにして…」
島谷はキッチンの包丁を見つめていた。
「甘ったれるなバカ野郎!こんな奴が国会議員とはな。もういい加減にしろ、ここは学校じゃないんだ。助けてくれる先生なんかいないんだぞ。自分でなんとかしろ」
与田は部屋の壁が震えるほどに怒鳴った。与田の剣幕に島谷はしゃきっとした。
「どうしろって、言うのよ」
「嫌なことを忘れるためにも、自分の仕事に集中しろ。あんたなら議員としてな。未曾有の大災害だ。政府の一員としてやることが沢山あるだろう」
「あんたごときにそんなこと言われる筋合いはないわ」
「パッパラパァには何を言ってもムダか」
与田が言っているとサイドボードの上に置いてあった埃をかぶった固定電話が鳴った。
「…おい、松井首相からじゃないか。早く出ろ」
与田は電話の表示を見ていた。島谷はしぶしぶ受話器を取った。
島谷は神妙な面持ちで手短に話を済ませていた。
「おい、なんだったんだ」
「貯留プラント視察のことを詳しく聞きたいそうよ。あたしよりもあんたの方が詳しそうだけどね」
「それじゃ俺も同行した方が良いだろう」
「…その方が楽だけど、あんたを再雇用するわけ」
「どうする」
与田は行く気満々であった。
「わかったわ。とにかく官邸に行きましょう」
「その前に、顔を洗ってくれ。俺と何かあったみたいな顔をされたんじゃ迷惑だからな」
与田と島谷は首相執務室の応接コーナーに座っていた。
「それじゃ君、今回の噴火や地震は政府の二酸化炭素貯留政策が原因だと言うのかね」
松井首相は憤慨気味であった。
「噴火も地震もあともう少しのところで起こる状況にありました。そこで最後の一押しと言うか、刺激したことにはなると思います」
与田は松井と向き合っていたが、島谷は脇で様子を見ているだけであった。
「あんなに離れた所のことが影響するのかね。それはともかくとして、君は政府に原因があると野党に触れ回って、政権交代でももくろんでいるのか」
「いえいえ。そんなことは考えていません。野党は話になりませんし、二酸化炭素貯留はやる必要がありました」
「しかし刺激したとなると、貯留を止めたとしてもこの先、東南海地震も起きるな」
「その覚悟も必要ですが、ちょっと良い点もあります。富士山や隆起した火山の火山灰が地球を覆うことで、一時的ですが地球は寒冷化するはずです」
「…でも一時的だろう」
「この間、貯留場所、もしくは貯留方法を再検討する必要がありますが、寒冷化している間なら、野党からの風当たりも多少は弱まると思います」
「そうか」
「松井首相、以前私は海洋開発機構にいたので、今回の内閣対策会議に加えてくれませんか」
「ん、君は環境副大臣の秘書だろう。一報告者であって、議論や決定に加わる資格はない」
「わかりました。それとは別に私は、今回海底火山を刺激したことで、大きな陸地が出現すると睨んでいます。このことに詳しいの私だけです」
「君、突拍子もないことを言うな」
「与田、調子に乗ったら首相に失礼ですよ」
島谷はようやく口を開く機会があった。
「それじゃその陸地とやらが出現したら、君を内閣対応室長にでも任命するか。それで良いだろう」
「はい」
与田は目を輝かせていた。
「あぁ、それと言い忘れる所だったが、島谷君、君にはこの非常事態に対応してもらいたいから被災者支援担当副大臣も兼務してもらう」
「環境副大臣との兼務ですか」
「当分は環境どころではないからな。被災者支援の方に重点をおいてもらたい」
「私には荷が重いのでは」
「マスコミ担当報道官のようなことをしてくれれば良い。実務的に所は被災者支援担当大臣の石井がやるから大丈夫だ。人当たりが良いから君にしかできないことだ、任せたぞ」
松井は島谷の肩を叩いていた。島谷は少し自信を取り戻したようだった。
「あのぉ、被災者支援担当副大臣の秘書が被災していて、住む場所がないのですが」
与田は申し訳なさそうに言っていた。
「ん、君のことか。あぁ島谷君の隣の居宅は空いていたよな。取りあえずそこに居てくれ」
松井首相はあっさりと聞き入れてくれていた。
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