日本浮上
@qunino
第1話・二酸化炭素海底貯留プラント
●1.二酸化炭素海底貯留プラント
自衛隊のオスプレイが鳥島沖にある二酸化炭素海底貯留プラントのヘリポートに着陸した。中からは環境副大臣の島谷と秘書の与田が降りてきた。
「風、強いわね。出迎えはないのかしら」
島谷はヘリポートの上を見回していた。与田は南洋の眩しい日差しの中、目を凝らして周りを見ていた。
「副大臣、あそこの出入り口にプラント所長がいます。急ぎましょう」
与田が小走りに出入り口に向かうと、島谷も後に続いていた。
与田と島谷はプラントの居住棟にある応接室に通されていた。
「二酸化炭素の貯留は順調に進んでいるようですね」
島谷は壁に掲げられたカーボンニュートラルの達成率の表を見ていた。
「はい。この調子だと政府の目標は軽く達成できそうです」
所長の野田は嬉しそうにしていた。
「それは良かった。ところで、余裕があるようでしたら、国内の火力発電所などから排出された二酸化炭素の他に、外国の排出分を貯留してカーボンニュートラル権を取得したい意向が政府にあるのですが、できそうですか」
「…余裕と言われましても、もう少し掘削井施設を増やさないと厳しいと思います」
野田は打って変わって顔をこわばらせていた。
「無理なら、無理と言ってください。余計な忖度はしなくても大丈夫です」
「はい。さすがに副大臣までの昇り詰める女性はおっしゃることが違いますな」
野田は島谷の表情を見ながら言っていた。
「あら、そう」
島谷はまんざらでもない表情を浮かべていた。
「見た目もお美しいし、大勢の支持者を得て選出された有能な方とお見受けしますけど」
「そんなに、おだてないでくださいよ。あたしなんかは、やることがなくて就活してたら、21世紀女性議員枠が空いていて、たまたま比例で繰り上げ当選しただけですから」
島谷は少し調子に乗り、地が出てきてしまっていた。与田は軽く咳払いをしていた。
「副大臣、これを」
与田はメモ書き見せていた。
「あぁ、ところで所長、問題となる点は何かありますか。海底火山に対する影響などは、どうですか」
「海底火山とは結構、離れてますし、今の所、問題はないようです」
「そうですか、それは良かった」
「あのぉ、副大臣は八丈島出身のアイドルグループの『火山なでしこ娘』にいませんでしたか。見覚えがあるもんで」
「わかりますか。25才を過ぎちゃったから卒業しましたけど、立ち位置は右から3番目の香音です」
島谷は『火山なでしこ娘』のポーズを決めていた。与田は大きく咳払いをしていた
「あのぉ、すみません。副大臣はこの後、東京に戻って国会の準備がありますもので、この辺で失礼したいと思います」
与田はソフトな口調で強引に割り込んでいた。
「あ、お忙しいのでしたね。これは私こそ失礼しました」
「それでは掘削井施設を増やす件、大臣に申し伝えておきます」
島谷は、急に副大臣らしい顔を取り繕っていた。
「ありがとうございます」
野田は恭しく頭を下げていた。
応接室に作業服姿のプラント所員が駆け込んできた。所員は与田達を見ると報告するのを躊躇していたが、野田は構わないと招き寄せていた。
「所長、近隣のいくつかの海底火山が隆起し始めました」
野田は黙り込んだ。与田と島谷は顔を見合わせていた。プラントが揺れ始めた。
「きゃっ、地震だわ」
島谷は応接テーブルをつかんでいた。与田は真剣な顔で野田を見ていた。
「所長、これは何かの予兆ではないです。貯留した二酸化炭素が刺激したのでは…」
「与田さん、あんたは鋭い。その可能性は考えられます」
野田は怯えている島谷に構わず与田と向き合っていた。
「私の説はお偉い先生が威並ぶ学会では、バカにされてましたが、二酸化炭素を海底の不透水層の下に貯留させたことが海底火山を刺激し、大噴火を誘発すると考えています」
与田は地震が収まると、滔々としゃべり出した。
「…あなたは、我々が危惧していたことをズバリ言い当てています。海底火山学者ですか」
「秘書になる前は、海洋開発機構にいたことがあります」
「そうですか。それなら、一緒にドローン深海艇のコントロール室に来てください。あぁ副大臣はここで、待っていてください」
野田は所員に温かい紅茶を出すように命じてから、与田とともに応接室を出ようとしていた。
「え、あたしも行くわ」
島谷も与田達の後に続いた。
深海ドローンのコントロール室には、張り詰めた空気が漂っていた。オペレーターや所員たちは、壁面の大型モニターを注視していた。画面には激しくマグマを噴出している海底火山の映像が流れていた。所員がスイッチングすると、別の画面に切り替わり、海底火山が連なる海底が盛り上がり始めている別のドローンの映像になった。
「こ、こんなことが起こるとは…この先、どうなるのか」
野田が言っているとプラントが揺れ始め、地震が起こっていた。与田は、少しふらついたが、しっかりと立ち、腕組をして画面を見ていた。
地震はすぐに収まったが、度々、弱い地震が感じられた。
「福徳岡ノ場、西之島、さらに新しく盛り上がって来た海底火山、差し渡し450キロにわたって、次々に噴火し出しています。ここまで刺激しているとなると、富士山の噴火や東京直下型地震、東南海地震のリスクが格段に高まります」
与田が言い出すとオペレーターたちは与田の方を注目した。島谷の方は誰も見ていなかった。
「与田さん、どうなると思いますか」
野田は、心配そうに目を細めていた。
「こうなるからには、ずいぶん前から兆候はあったんじゃないですか」
与田は野田を食い入るように見ていた。
「確かに海底火山の動きが活発になっていることは把握してました。しかしここまでのことになるとは…」
「この状況は、環境省は首相官邸には伝えているのですか」
「たった今、報告したところです」
「そうですか。それで二酸化炭素の海底注入は止めたのですか」
「次の注入予定は6時間後でしたが、中止にしました」
「それは良かった」
与田が息を吐きながら言うと、島谷は少し安堵した表情になっていた。
「あのぉ、与田さん、それにアシスタントの方、こちらに座ってください」
所員の一人がパイプ椅子を持ってきていた。
「あ、こちらは副大臣だぞ」
野田が所員に注意していた。所員はすまなそうな顔をしていた。
「副大臣、とにかく東京に戻りましょう」
与田はつまらなそうな顔をしている島谷の肩を軽く叩いていた。
野田は駆け寄ってきた所員の報告を受けていた
「あのぉ与田さん、富士山の山体が膨らんできているそうで、噴火が間近ではないかとのことです」
野田の声は少し震えていた。
「それじゃ、一刻も早く東京に戻らないと。副大臣、急ぎましょう」
与田と島谷はヘリポートの方に急ごうとしていた。
「噴火したら火山灰でしばらく飛べないですから、今のうちに、さっどうぞ」
野田も急かせていた。
通路は小走りに移動する与田と島谷。
「ねぇ、なんで飛べなくなるの」
「細かい火山灰がオスプレイのエンジンに入って、動かなくなるはずです」
与田はたしなめるように言っていた。
「それだったら二酸化炭素運搬タンカーで戻ればいいじゃないの」
「それも海上に浮いている火山灰や軽石などでエンジンが冷やせなくなるから」
与田は面倒臭そうに答えていた。
与田達の乗ったオスプレイは東京の向かって飛行していた。西北の方向に見える富士山は今の所、いつものようにそびえ立っていた。
「この分だと大丈夫そうね。ところでなんであたしの秘書に応募したの。面接の時に言ってたのじゃなくて、本当のところは」
島谷は隣の席に座っている与田に話しかけていた。
「面接の通りですよ」
「そうかしら、海洋開発機構にいたのに全然かけはなれた政治家の秘書でしょう」
「あのままあそこにいても、海底火山に関われそうもなかったから…ん、富士山が煙をあぁ、噴火したぞ」
「どこ、どこよ」
島谷はオスプレイの窓に顔をくっつけていた。
「あそこの宝永噴火口のすぐ横の所から、煙や火山灰が吹き上がっているじゃないか」
与田が言っているそばから、もくもくと火山灰などが高く吹き出して行く。
「あんなところから、噴火するんだ」
「あんなところだから、山体崩壊しなくて済んだんじゃないか。下手したら優美な富士山が見られなくなるから
な」
与田と島谷、秘書と副大臣がタメ口で話しているので、機長たちは違和感を感じているようだった。
「機長、火山灰はエンジンに影響ないですかね」
与田はオスプレイのエンジン音にかき消されないように大きな声で言っていた。
「現在、大島の手前なので、風向きがこちらに変わったら、大島に着陸するつもりです」
機長は野太い声で答えていた。
「風向き次第か…」
与田は心配そうに噴火している富士山を見ていた。
オスプレイは無事に大島上空を通過した。しかし急に横風を受けるようになり、機体が揺れ始める。
「まずいな、風向きが変わって来てる。火山灰を吸い込まないと良いのだか…」
与田が島谷に言っていると、機長は前方に薄い火山灰の流れがあるのを凝視していた。
エンジン音が急に変化し、弱まって行った。エンジンが停止し、警報が鳴り出した。
「機長、左右のエンジン停止」
部下の自衛官が声を上げていた。ちょうど大島と江の島の間辺りの相模湾上空でオスプレイはエンジンが停止していた。
「え、ダメ、墜落するの。ねぇキャー、いやだ」
島谷は取り乱していた。
「機長に任せておけば、大丈夫だ。これだからパッパラバァの議員は困る」
与田は思わず本音を言ってしまった。島谷は気が動転しているので、気が付いていないようだった。
「これより本機はオートローテーションを実行します。墜落はしませんけど、シートベルトはしっかりと締めてください」
機長は与田達に冷静に言っていた。
「与田、今なんて言ったの」
島谷の目はつり上がっていた。
「あぁ、さっきの本当の所ってやつを言ったまでだよ」
与田も冷静さを欠いていた。
「どういうことよ。もうクビだわ」
「それなら言うけど、パッパラバァーのお飾りで数合わせの女性議員、それも環境副大臣の秘書なら、二酸化炭素海底貯留プラントに行けるチャンスがあると思って応募したまでだ」
与田達が言っている間もオスプレイは降下していた。
海面がどんどん近づいてくる。辻堂の海岸線まではまだ300mほどあった。
「あたし、泳げないのよ。海にだけは降りないで」
島谷は機長に懇願していた。与田は近くに置いてあったライフジャケットに手を掛けていた。
オスプレイは海面スレスレまで降りたところで、水平方向に少し進み、着陸寸前で機首を上げて、辻堂海岸の砂浜にふわりと不時着した。エンジンからから立ち上る黒煙が海風になびいていた。
与田も島谷も、しばらく動けずに座ったままであった。オスプレイの周りには、サーファーや犬の散歩に来ていた近隣住民が寄ってきていた。
機長の指示に従ってオスプレイから降りる与田達。
「与田、あんたはクビだから、ここからは自衛隊の車両じゃなくて、電車で自腹で家に帰って」
「あぁ、わかった。それじゃ今月分の給料は今日までの日割りで振り込んでくれ」
「わかりました。あぁそれと残念ね、期間が短いから退職金はでないわ」
島谷が言っていると、与田は国道の方に向かって歩き出していた。
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