第16話 場所を変えて話す

 私達は近くの公園にゆっくり歩みを進めた。


 シェリーさんが近くの自販機を殴って壊して飲み物を手に取り公園のベンチに腰掛ける。一息ついた所でイズミさんが話し始めた。


 「これは仮定の話だが、もし朝日が昇る瞬間世界が巻き戻っているのなら、その逆行の流れに乗じて、更に自分だけ時間を逆行させれば、この夢から目覚める事が可能かも知れんな。あくまで仮定の話だがな。やってみないことには何が起こるかはわからないが、もしかしたら逆行の波からはみ出したことで消失する可能性もある。勿論、戻った世界で生きているとは限らないしな。それに、戻るという選択が最適かどうかもじっくりと考えなければならない。」


 シェリーさんは話を飲み込んで言葉を返し始めた。


 「確かに選択肢が難しくなりましたね。現世に戻ることに挑戦するか、この世界に留まるのか。」


 私は自分の考えを言ってみた。


 「戻る以外の選択肢がわからないのですが、この世界に留まる場合は、次は何を目指すのでしょうか?」


 「確かにな、永遠に近い命は得られるが目的は不明確になるな、あの歪みの向こう側を目指すのだろうか?」


 私とシェリーさんは必死に状況を飲み込もうとしながらも困惑していた。そんな私たちを見てか、イズミさんはその辺の茂みから木の枝を持ってきて、公園の土っぽい地面に書きながら説明してくれた。


 「二人にもわかりやすく選択肢を共有しておこう。選択肢としてはいろいろある。今更ここに来て自ら消失を選ぶ奴はいないだろうが、消失の道もその先に何があるのかはわからない。それ以外の選択肢としては、まずこの世界に留まり退屈と向き合うという道、次に修羅と戦い歪みの先の世界を目指す道、そして現世に戻ろうとする道だ。言葉にするとわかりやすいが、中身は意外に複雑かもしれないな。退屈と向き合うことは悪いことではない。修羅に手を出さなければ我々には永遠の命が与えられているようなもの。そもそも我々は死んでこの世界に来た。現世に戻れたとしてもまたいつかは死ぬ。私は現世に戻る道が正しい道とは思えない。消失する可能性もあるしな。」


 イズミさんは持っていった木を放り投げ言い放った。


 「お前たちはまだこの世界を地獄だと思っているか?」


 シェリーさんが難しい質問に何も答えられずにいたので、私が軽々しく答えた。


 「地獄ですか?思っているかもしれません。」


 正直な気持ちを率直に述べた。


 「私は“地獄のスプーン”という話を思い出した。片手しか使えない状況に全身を縛られた世界があって、その世界では目の前の食事に対して、身の丈ほどに大きなスプーンでその食事をすくえずに食べられず飢餓に苦しむのが地獄だ、という話なんだが、じゃあ逆に天国はどんな所だと思う?」


  私は素直に正直に質問に答えた。


 「何にも縛られずに自由に食事が出来る世界でしょうか?」


 「答えはNOだ。天国は同じ状況で、隣の人間へスプーンを運んでやれる世界だ。人は考え方一つで今生きる世界を地獄にも天国にも変えられる。レンに本当に現世に戻る手段はないと言い切れるかと問われたとき、その話をふと思い出した。」


 ゆっくりと立ち上がるイズミさんを真剣な眼差しで見つめた。


 「私は“退屈と永遠”という苦痛と向き合いながら他の世界への道を模索しつつこの世界に留まることを決めた。その道が地獄とは言い切れん事に気がついた。各々が自分の答えを見つければいい。世話になったな。」


 イズミさんの表情は健やかで、私は去ってゆくその背中を見えなくなるまで見つめていた。残っているシェリーさんに私はふと尋ねた。


 「シェリーさんはどうするんですか?」


 「俺はイズミさんが言っている事は正しい事だと思う。俺も同じ様にこの世界を地獄だと決め付けていた。さっきの話は心に染みたよ。だから、イズミさんに着いて行きたい気持ちはある。」


 シェリーさんは残るのか、じゃあ私に何か言い残した事でもあるのだろうか。


 「じゃあ、残るんですね。」


 「いや残らん。戻れるなら戻りたい。家族を現世に残しているような気がするからだ。あくまでもそんな気がするだけだがな。」


 「良かった。僕も大切な人を残して来ている気がしたもので。」


 私達は顔を見合わせ久方ぶりの笑顔で微笑んだ。私達は笑いながら土手の方に歩いて向かった。


 私とシェリーさんは徐々に明るくなってきている空越しに、修羅と歪みのある橋の方角を眺めながら土手にたたずむ。シェリーさんは煙草を片手に語りだす。


 「現世に戻ろうとすることは無駄かもしれない。結局は年をとり何かしらの寿命で死ぬ。ただ理屈では簡単に割り切れないものがある。感情が、残してきた人と離れたくないと感じているのかもしれない。だがこの未練は戻れば解決する話だ。戻った先にもう一度この世界に戻ってくるような事があれば、それからその先に進めばいい。俺はそう思った。」


 「お別れですね。」


 私達は少し悲しげな表情で顔を見合わせる。


 「戻れるかも知れない事をイズミさんに感謝しよう。レン、例えどんな結果になったとしても地獄と天国は同じ所だ。俺はここに来てそれを学んだよ。」


 「シェリーさん、幸運を祈ります。お世話になりました。」


 私が別れの言葉を述べると、東の空が明るくなりだした。


 「さて、自分の未練を手繰り寄せるか。」


 シェリーさんのその言葉を最後に、世界が光に包まれていく。逆行だ。とにかく力のイメージを、時間を戻そうとする力に集中するんだ。


 場面がフラッシュバックしながら記憶が逆行していく。騎士のような化け物と戦った瞬間、歪みの門が開いた瞬間、ヒデさんにボコボコにされている瞬間、化け猫に追われている瞬間、どんどん時間が逆行していく。次の瞬間辺りは真っ暗になったかと思うと、どこかで聞いた事のある女性の声がする。


 「レン、レン、どうしたの?レン・・・。」


 そうだ、確か夕陽を見ていた。私の名を呼んでいる。私はその女性の名前を大声で叫んだ。


 「サクラ。」


 病院のベットで声をあげ私は目を覚ました。


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