第13話 いい作戦だった
「いや、いい作戦だった。」
どこかで誰かが呟く声が聞こえたかと思うと、修羅の猛攻が一瞬で止まる。何かに気がつき後ろを振り返る修羅の目線の先に、歪みに触れようとするおそらくはヒデさんであろう姿が確認できた。修羅は慌てて歪みの方に向かって雄叫びをあげる。
しかしヒデさんの手が歪みに触れ、空間の扉が開かれた様に光が差し込む。暗いこの世界に眩しいほどの光が差し込んで辺りを包んだかと思うと次の瞬間、ヒデさんの叫び声が聞こえた。ヒデさんがこちらの方を見つめながらゆっくりと幻のように消えていく。と同時に扉のような光も閉じていく。何が起きているのかはわからなかったが、何かが起きていることだけは確かだった。
「何か来る。」
イズミさんの言葉に私は危機を察し、修羅の方を見ると修羅は光の閉じた歪みのほうを向いて構えていることに気がついた。歪みの方角から何か来るのか?私がもう一度歪みの方を見た瞬間、まるで大きな隕石が落ちてきたかのように橋のど真ん中に衝撃があり、一瞬で橋が崩壊した。私は瞬時に身をかわし、高速道路の方へ飛んだ。シェリーさんは傷だらけのボロボロのイズミさんを抱きかかえ、同じ方向に身をかわした。シェリーさんはそのまま逃げようとする。
「待て、何が来たか確認してからだ。」
イズミさんがそれを止めたので、私たちは近くのマンションの屋上に飛んで身を隠した。私たちは極限まで気配を消し、修羅の方を見つめた。
修羅が何かを警戒しながらゆっくりと腰の刀に手を当てた瞬間、崩壊した橋の砂埃の中から、馬に乗った甲冑を身に纏った騎士が修羅を襲うのが一瞬見えた。しかしおそらくはお互いの衝撃のせいだろうか、あたり一面次々と建物が倒壊していき、修羅とその得体の知れない騎士はほぼ見えない。ここも危険かもしれない、そう頭をよぎった時イズミさんは言った。
「引くぞ。」
その言葉に呼吸を合わせて、シェリーさんがイズミさんを抱きかかえたまま、私達は気配を消しながらとにかく逃げた。私達はなるべく遠くに引こうと考えていたが、どうやらイズミさんの考えは違ったようだった。近くの公園で足を止め、ベンチに傷ついたイズミさんを寝かせた。
「いくつかわかったことを話しておく。」
イズミさんはつらそうだ。位置がばれるかもしれないから私達は力を使えないので、今は自分の体技だけで傷を治しているようだ。しかし、吹き飛んだ片腕は元には戻らないようだった。
「イズミさん、無理しないでください。夜が明ければ傷が癒えるかもしれません。一旦引きましょう。」
私もシェリーさんのその意見には賛成だった。誰がどう見ても逃げるべきだ。
「いや、私の事は気にせず聞け、朝まで私がもつかわからんし、この世界がもつかもわからないからな。」
逃げないということは何か考えがあっての事なのだろう。イズミさんの話を聞く価値はあるかもしれない。私達は黙って語りかけるイズミさんを見ていた。
「ヒデはどうやら、気配を消す手段を探っていたようだ。力を永らく使わずにいることで、気配を限りなく消す事を発見したようだ。だから我々の混乱に乗じて修羅の目を盗めたのだろう。そしてヒデは歪みに触れた。歪みが何かもある程度は理解できた。歪みの正体は異世界への門だ。この世界には現世と同じように違う国があるようだ。おそらくは宗教の違いだろう。違う宗教の死者たちの国があって歪みはその国と国をつなぐ門だ。修羅は我々の国を守る門番なのだろう。我々の目的だった歪みの先の世界が私には少し見えた。あの先は現世ではない。そしてあの騎士のような怪物は他の国の門番という事だ。つまり縄張りを荒したから怒って攻め入って来たのだろう・・・。」
イズミさんは言葉に詰まって血反吐を吐きながら苦しそうだ。私は真剣にイズミさんを見つめながら質問した。
「ヒデさんは、その違う国に行ったんでしょうか?」
「ヒデは死んだ。そのやってきた異国の門番に喰われてな。もう一つわかったかもしれん事がある。この世界で死ぬとどうなるかだ。ヒデは最期の瞬間まであがいていた。もしかしたら死んだ者の夢の世界で更なる死者んだ者の夢を見ることは可能か、それを試していた。結論は言うまでも無いが、それを上回る力で怪物に喰われて死んだ。完全に消失したかもしれないし、怪物の一部になったという解釈もあるが、意識が無いのならおそらくは消失したんだろう。この世界もあの怪物たちの戦いの結果によっては無くなるかもしれんしな。」
我々は戦闘音が鳴り響く方角を見つめた。
「そして、これはあまり受け入れがたいが戦う理由も無くなったかもしれないな。」
「どういう事でしょうか?」
私が聞くまでも無く、シェリーさんが真剣な面持ちで尋ねた。
「戦うということは、修羅を倒すということ。我々の誰かが何百年もかけて修羅を倒したとして、その頃には歪みを守るという事と、それを阻むものを滅殺する事しかわからなくなっているのだろう。その先には現世に戻る方法もない。」
「つまり逃げる意味も無いという事でしょうか?」
つらそうな表情でシェリーさんが質問した。私は状況をまだよく理解出来てはいなかったので聞くしかなかった。
「戦う理由がないとどうなるんでしょうか?」
私の質問に苦しみながらもイズミさんは答えてくれた。
「おそらくはあの化け猫達と同じ様になるかもしれないな。新しい情報やアイディアにより力は強くなることは可能だろう。しかし、目的が無ければ成長も無くなる。このままそんな虚無のような地獄に耐えられるかわからんが。」
明らかに落胆し、精神も弱っているイズミさんを見て、それを心配そうに見守るしかないシェリーさん。私はそれでも何も言わずにはいられなかった。
「本当に現世に戻る手段は無いんでしょうか?」
なんの理屈もない気休めだった。だが何も言わずに絶望を受け入れるよりは幾分かましだったかもしれない。
するとイズミさんのつらそうな表情が一転し、真剣なまなざしで体を起こした。
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