第9話 静寂が訪れ

 静寂が訪れ、じっとしてはいられなかった。


 携帯の充電は入っていない。周りを警戒しながら誰もいない住宅街を歩いた。私はとりあえず公園が目に入り、近くの水飲み場で水を飲み、ベンチに腰掛けた。


 「誰もいない。やる事もない。もしかして逃げることはあまりにも退屈すぎるのだろうか。」


 ふと私が独り言を呟いたとき、どこからか男性の声が聞こえた。


 「独り言は孤独な人間が言うものだ。」


 私はその場を立ち上がり、一瞬で身の危険を感じ、身構えた。周りを見渡すと、公園の奥の方の暗がりのベンチに、以前見たことがあるような光景を目の当たりにした。死体に化け猫達が群がっている。


 「寂しいもんだな。」


 明らかにその死体の方角から声がした。しゃべる化け猫か、それとも誰かいるのか。シェリーさんの助言に従い、とりあえず空手の型のように身構え集中した。するといっせいに化け猫達が私の方をみる。瞳を妖しく一瞬光らせたかと思うと、逃げ去っていく化け猫達。撃退できたのだろうか。


 「俺が修羅だったら死んでるな。」


 そう言うと化け猫達が食い漁っていた死体が、突然起き上がり私目掛けて飛んでくる。そのままの勢いで思い切り殴られ、近くの自販機に吹き飛ばされた。何が起きたかもわからず、私は血反吐を吐いた。


 「血を吐いたか、肋骨が肺に刺さっているだろうな。」


 暗がりで見えなかったが、よく見るとジーパンに革ジャン、チャラチャラしたチェーンをぶら下げながら、鼻や耳にはピアスをつけまくっているファンキーなモヒカンの兄ちゃんが、煙草に火をつけニヤつきながら見下ろしている。苦しむ私の胸の辺りを踏みつけてきたので、私は更に血反吐を吐きながらもがき苦しむ。


 「いい気分だ。このままお前の首をへし折る事も出来るぞ。俺がお前の命を支配している。優越感って奴だ。」


 更に踏みにじる男の足を抱えながら、私はその男を睨みつけた。すると突然足をどける。


 「今からやられるのに睨みつけるのか。最近感じる違和感はお前か?いいだろう俺は向かってくる奴を叩きつぶす方が好みでね。」


 そう言うとその男は腕を組み立ち尽くしながら話を始めた。


 「修羅を呼ばずに力を使うコツを教えてやろう。無意識の世界の中で自分だけの無意識に意識するんだ。他の物に影響を及ぼさない想像なら誰にも気付かれずに力を使える。足が速くなる事を想像すれば足が速くなるし、力を込めれば自販機も吹き飛ばせる。」


 その男は近くの自販機を軽々と蹴り上げた。


 「早くしろ。頭が悪いのか坊や。人間には自己再生能力が備わっていることを知らないのか?」


 なるほど傷も癒せるのか。私は目を閉じて深く集中し、次の瞬間その男に飛び掛った。私は夢中でパンチやキックを繰り出す。しかし、まったく同じタイミングでその男は私の攻撃に合わせてくる。右手の拳を繰り出せば、同じスピードの同じタイミングで、男の左の拳が私のパンチにぶつかりその度に私は弾かれて吹き飛ぶ。


 どんなに勢いをつけて飛び込んでも、何度も同じように弾かれてはその辺の壁をぶち壊す。無駄な事などとうの昔に気付いていたが。私は痛みを伴う特攻の反撃が何故か心地よく、時間を忘れて喧嘩に明け暮れた。服がズタボロだという事に気がつき私の笑みがこぼれたとき、同時に空が明けていく事にも気がついた。眠りにつくように意識が薄れていき、気がつくと私は再び高架下の地べたに寝そべっていた。


 目を開けると私はとっさに起き上がり身をかわした。突如空から先程の男が降ってきて、地面に膝から激突し、地面が四方八方に割れる。


 「やるな、坊や。遊びたくなったらいつでも来い。相手をしてやるよ。」


 男はそう一言言い残し、振り返り去っていく。服は思ったとおり元通りだ。私は両手を強く握り締め、自分の力をかみ締めた。

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