第8話 光が放たれた

 光の矢が放たれた。


 修羅は矢を振り払う。次々と無数の光の矢が修羅に放たれ、シェリーさんも起き上がり修羅に向かって爆炎を放ちだした。私は気がつくと戦場のど真ん中に立っていた。私はどうするか考えた。シェリーさんの言葉をふと思い出し、慌てて逃げると決めた。逃げるしかない。あんな化け物なんかと戦える訳がない。私は無我夢中でその場から逃げ出した。


 永遠と戦場の爆音から遠くへ走るが、どんなに走っても走っても、爆音からは遠ざかっている気がせず、恐怖からは逃げられない。何もされていないが、その気配から逃げるのに私は必死だった。とにかく訳もわからず何時間も走り続けた。考える余裕もなかった。ふと空を見上げると空が明けていく。眠りにつくように意識が薄れていき、気がつくと私は高架下の地べたに寝そべっていた。


 私は起き上がり慌てて辺りを見回した。壁にもたれながら煙草を吸うシェリーを見つけ私は尋ねる。


 「あいつは、あいつは?」


 「まあ落ち着けや。」


 近づいてきて落ち着いて私の肩を叩くシェリーさんを見て、ようやく私は心が落ち着いてきた。


 「すいませんでした。」


 私は自分だけ逃げてしまった申し訳なさから謝って頭を下げる事しか出来なかった。


 「僕は逃げることしか出来なかった。あんな怪物と戦う覚悟なんて、僕にはありませんでした。」


 「お前は大きな勘違いをしている。」


 気がつくと傍らに、前に民家の庭であった女性が立っていて、私に語りかけてきた。


 「逃げてはいけないと言われたのか?お前が戦える訳がないだろう。お前は三つの選択肢から最善の選択をした。よくやったなレン。」


 「あなたは?」


 わたしは女性に名前を尋ねた。


 「イズミだ。覚えておけ。」


 イズミさんは振り返り、明後日の方向を見つめながら、高架下の壁にもたれかかる。そのままシェリーさんが私に話し始めた。


 「力はとりあえず簡単には使うな。修羅の縄張りを荒すことになるからだ。簡単に例えると縄張りって事だ。俺たちが近くで力を使うって事は、奴の無意識の世界も変化させている事になる。力を使うと居場所が奴にばれる。奴は自分を攻撃されたと思って、俺たちを殺しに来る。」


 私は真剣に話を聞きながらふと浮かんだ疑問を投げかけた。


 「じゃあ、何もしなければ平和って事にはならないんですかね?」


 「奴は俺たちを敵と認識している。何もしていないように見えるがが、今、俺たちは奴から隠れている。イズミさんがそこで見張ってくれてるだろ。つまり一時撤退中だ。」


 隠れているのか、力を使わなければ隠れられるのか。唯一つ気がかりがあった。


 「化け猫達からはどうやって身を守ればいいんでしょうか?」


 「自分だけの無意識を変えるんだ。修羅に悟られないようにな。」


 自分だけの無意識とは一体何の事だろうか。


 「周りに影響するような変化だと、周りの意識も変化させなきゃ爆発は起きないが、自分の意識だけに集中すれば、周りにも悟られない。簡単に言うと体技だ。自分の動きだけを想像すれば悟られずに力を使える。逃げるなら体技だけを使うことを覚えておけ。」


 体技か、なるほど想像力でパンチもキックも増大できるという事か。


 「いろいろ教えていただいてありがとうございます。ただどうしても一つわからない事があるのですが・・・。」


 私は言葉に詰まりながらも疑問を尋ねてみる事にした。


 「何故戦うんでしょうか?逃げ続ける事もできますよね?ライオンに勝てなくても、サバンナでは生きられるはずです。」


 「それは・・・。」


 シェリーさんは言いかけて、一度イズミさんの方を見た。するとそれに答えるように、後姿のままイズミさんが話し始める。


 「いいだろう。戦うには覚悟だけでなく理由も必要だ。少し教えてやってもいい。」


 そうイズミさんが答えるとシェリーさんはこちらを見返し再び話し始めた。


 「俺たちも修羅と同様に、無意識の世界の違和感に気付ける。お前にもいずれわかるようになるだろうが、修羅がいる橋があるだろ。橋の向こう側にその違和感が集中している箇所がある。簡単に言うと空間の歪みだ。ブラックホールのようなそういった類のものだろう。俺たちにもはっきりとはわからないが、要はあの橋の向こう側には何かがある。そしてそれを修羅が何かの理由で守っている。俺たちはその歪みがなんなのか調べたくて修羅と戦っている。」


 空間の歪みか、その先には何があるんだろうか。


 「何があるか気になるか?正直俺たちにはわからない。ただ、もしかしたらその歪みから現世に繋がっている可能性もあると言ったらどうだ?」


 現世、元の世界に戻れるというのか。


 「ただそれはもしかしたらの話だ。この世界が夢の中なら目が覚める方法もあるかも知れないだろ。わかりやすく目の前に門があり、門番が立っているんだからな。可能性としてはありうる話だ。」


 確かにそうかもしれないが、危険を伴うリスクでもあるはずだ。私は思い切って正直に質問してみた。


 「戦わないとどうなるんでしょうか?」


 「それは・・・」


 再びシェリーさんはイズミさんの方を振り返る。


 「いいんじゃないか。戦わなければわかる事だ。」


 そう言うとイズミさんは壁から身を起こしゆっくり立ち去って行った。


 「そういう事だ。とりあえず俺たちは行く。後は自分で身を守れ。体技だけだぞ。」


 シェリーさんもその言葉を残しイズミさんの後を追いかけるように去って行った。


 急にその場に静寂が訪れ、私は意味もない無音の恐怖に、とりあえずその場を後に目的もなく歩き出すことにした。じっとしてはいられなかった。

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