第2話 夢を見ているのか

 「夢を見ているのか?」


 私は言い知れぬ恐怖の中、ふと呟く。まるで暗闇に凝視されているような視線を感じる。誰かいるのだろうか、何者かの気配を感じる。


 「誰かいるのか?」


 言葉が空間に反響して響き渡ると、誰かが私の胸倉を無理やり掴み、とんでもない力で持ち上げた。とっさに体を揺らしその手を振り払おうとしたが、何も見えない。何者かに体を持ち上げられて宙に浮いている感覚はある。私が必死に抵抗したその時、掴んでいるその手が突然燃え上がった。突然の出来事に慌てふためきながら、炎の向こう側に悪魔のような怪物が浮かび上がる。私は狂気の悲鳴を発した。炎はあっという間に体を包む。私はもがき苦しみながら命乞いをした。


 「たす・・け・て・・・」


 すると、どこからか遠くで何かが光ったかと思うと、その光が私を掴んでいる怪物の腕を切り落とした。私の体は瞬く間に落下していき、果てしないスピードで落ちているのがわかった。それと共に体を包んでいた炎も消えていく。先の見えぬ暗闇に落ちていくのは、ただ恐怖でしかなかった。この悪夢は一体いつ覚めるのかそんな事を考え出した時、私は激しい衝撃と共に地面に叩きつけられた。


 夢から覚めたのか、私は地面に寝そべっている体を起こしながら、自分の体を確認し、辺りを見回す。スーツは膝が少し汚れた程度で思っているほど乱れてはいなかった。辺りは夜も更けていて、人通りのない住宅街のようだ。近くに線路と土手が見える。千住新橋の近くだろうか。確か夕陽を見ていた。その後どうしたんだったか。飲みすぎてその辺で寝てしまったといった所だろうか。


「珍しいな、坊や。こんな所で寝転がって、酔ってるのか?」


 不意に、高架下のトンネルの暗がりから誰かに話しかけられた。恐る恐る声の方を見やると、50歳ぐらいだろうか、サラリーマン風の髭面の男が酒瓶を手にし、それをラッパ飲みしながら怪しげに私に絡んできた。とっさに関わってはいけないとその場を後にする事に決め、どこへでもいいから歩き出した。携帯を取り出してみるが充電が切れていて電源はつかなかった。


 ここはどこだろうか。とにかく歩いて大通りを目指すしかないか。夜も更けているからか、住宅街を歩いているが一向に人とすれ違う気配が無い。とりあえず遠くの方に見える高架線の線路の先をたどっていけば、どこかしらの駅には着くだろう。ただ一つ、気がついた事がある。とにかく死ぬほど喉が渇いていて暑い。私は首もとを緩めながら近くに自販機がないか探しながら線路の先を目指していたが、これもまた一向に自販機が見つからない。仕方ないので向かった方向にあった公園の水を飲むことに決めた。


 上着をベンチに置き水を飲んでいると、ふとあることに気がつく。その公園の、明かりが当たっていない暗がりのベンチに、何かの気配を感じた。最初はカップルでもいちゃついてるのか、ぐらいにしか思っていなかったが、恐る恐るゆっくり視線を向けると、一目見て異様だということはすぐにわかった。そのベンチには誰か人が座っていて、暗くてよく見えないが猫が5、6匹群がっているようだ。何故こんな夜更けに、こんな暗がりで、この人は猫に餌をやっているのだろうか。また怪しげな人に遭遇してしまったと、私はゆっくりと水を止めて逃げ出す準備をしようとした瞬間、とんでもない事実に気がついてしまい思わず声が出てしまった。


「猫が人を喰ってる・・・。」


 猫に餌をやっていたと思っていた誰かが、猫達に食い散らかされている惨状に気付いてしまった私の、その驚愕した声に反応して、いっせいにこちらを振り返る化け猫達。その怪しげな瞳がいくつも光を放った瞬間、いっせいに化け猫達が私に向かって襲い掛かって来た。私は軟弱な悲鳴をあげながら、慌てて逃げ出すしかなかった。助けを求め、声を上げながら、必死で逃げる私を狂ったように追いかけてくる化け猫達。私の腕や足に飛びつきながら肉を食いちぎる。その度に悲鳴を上げてはその化け猫を振り払い、また助けを求め逃げる。


 気がつくと河川敷沿いの、首都高の高架下の道路を走っていた。しかし、人通りも車の陰すらも無い。どうして誰もいないのだろうか。こんなに叫んでいるのだから、誰か目覚めて様子を見に来る人もいないのか、そんな疑問を抱きながら、必死で化け猫から逃れようと逃げるしかなかった。


 この辺は見覚えがある。こちら側は小菅駅の近くで、あそこに見えるのはおそらく千住新橋だ。とりあえず橋を上って大通りに出れば誰かしらいるかもしれないし、渡って北千住の駅の方に行けば誰かしらいるだろう。駅前には交番もあった筈だ。私は必死で橋の上まで登った。


 坂を上り、橋の上に来る頃には、何故か化け猫達の姿は消えていた。どうやら逃げ切ったようだが、辺りは異常なまでの静寂に包まれていた。そこは見たことのある千住新橋の風景ではなかった。当然のように人は一人もおらず、車も先ほどの首都高の高架下の道路と同様に一台も通っていない。その異様な光景の気味の悪さに恐怖を感じた時、私はある異変に気がついた。

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