確か夕陽を見ていた

時雨 大知

第1話 確か夕陽を見ていた

 確か夕陽を見ていた。北千住にあるお気に入りの千住新橋から見える夕陽が、落ちていくのを眺めている時間が、いつも私の心を洗ってくれていたような気がする。自分が、何がしたいのかわからず仕事を辞めたんだったか、ひどく落ち込んでいた。だからスーツ姿でマスクを片手に夕陽を見ていたんだろう。


 「格好つけるわけじゃあなく純粋に思うんだけどさ、どうしてこの夕暮れはこんなに美しいのか、不思議でしょうがないね。」


 私は夕陽を見つめながら独り言のように呟いた。


 「どういう意味?」


 イヤホンの電話越しに女の声が聞こえる。


 「なんだろうな、こんな情けない人生なのに、こんなに美しい景色を見せられるなんて、俺は幸せなのか不幸なのか、わからんって感じかな。」


 私は女にそう答えた。


 「ひどくない。私というものがありながら。」


 女は少し怒った振りをしながら、私を元気付けてくれようとしているのがわかった。


 「冗談だよ。サクラに甘えたくて、ちょっと弱音を吐いてみたくなっただけかも。」


 女は私の恋人なのだろう。多分大事な人だ。


 「そんな事言っていると地獄に落ちるんだからね・・・」


 女は笑っていたような気がする。


 どこからか風で舞って来た桜の一片の花びらに私は気をとられ、次の瞬間、時間が止まったかのように、世界がゆっくりと進んでいく。その花びらの行方を目で追うと、その先にはでかいトラックが私に向かって突っ込んでくるのがわかった。自分の人生のいろんな事が思い起こされた気がしたが、あまり良く覚えていない。激突する最期の瞬間、サクラの顔が浮かんだ気がした。


 地面に打ち付けられその場に倒れこんでいる私が見える。頭から血が流れていく。


 「レン、レン、どうしたの?レン・・・」


 おぼろげに女の声が聞こえ、ゆっくりと辺りが暗くなっていき、次第に暗闇に包まれ何にも見えなくなった。真っ暗な闇の中、何も見えず、何も聞こえない。


 「夢を見ているのか?」


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