花緑青の話

本名、綿引恭弥(わたひききょうや)。48歳。


花緑青。明るく渋い青緑色のことで、別名「パリス・グリーン」「エメラルド・グリーン」「シュヴァインフルト・グリーン」

有毒で、しかもヒ素に由来する強い毒性を持っている。



自分は、あまり耳が聞こえない。ストレスで突発性難聴になったのだ。しかもとても稀なのだが、両耳共に聞こえにくくなった。


子供の頃から‘’いい子‘’‘’いい人‘’とよく言われた。‘’都合の‘’が頭につくんだと、すぐに気付いた。

何もかもが普通で、罰ゲームで告白する対象にされたりもした。彼女なんてとっくに諦めた。そんな拗れたまま社会人になった。


仕事が好きじゃなかった。うまく協調できるようににこにこしていたら、周りから馬鹿にされることが増えた。仕事を押し付けられた。けれど、嫌と言えない自分が1番嫌いだった。


そして、倒れた。予兆はあったのかも知れないが、今になれば覚えてないしさして重要じゃない。入院し、会社に戻れば居場所はなくなった。すぐに辞表を出した。



何故?どうして自己都合の退社になってしまうのだろう。こんなにも自分は…。



それからは見下されないために表情を出さないようにした。外に極力出ないようにし、出かけるときは補聴器をわざと見えるように付け、人が寄り付かないようにした。


人なんか大嫌いだ。


働く気もわかない。退職金は出た。だから困ってから働けばいい。それからはひたすら小説を読んで過ごした。本の置き場に困り始めた頃、ネット上で小説を読むことを覚えた。


プロじゃなくても書く話はおもしろいのがある、と気づいてサイト巡りを始めた。

そこで出会ったのがパパゲーノだった。



くだらないと思った。話していったい何になる?親身になるふりして話のネタにして、陰で嘲笑うんだろう?


イライラして、どんなやつらがいるのかと、覗き込んだ。嫌な気持ちでだ。そんな感じだったのに、素で話してる人しかいなくて驚いたのを覚えてる。それと同時にとても自分を恥じた。



今までされたからと腐っていたら、それこそあいつらと一緒じゃないか。一生懸命やった自分を、自分で褒めずにどうする。



しばらく眺めてばかりだった。どういうきっかけで書き込んだかなんて覚えてない。

ただ、馬鹿にする人は1人もいなかった。


それから世界はまた少し、自分に優しくなった気がした。自分に向けられてるものが全て敵意ではないように感じたのだ。


あんなに自分にもう価値はなくて、もういつ片付けて人生を終わりにしようか考えていたのに。

死にたくなる日もあるが、穏やかな日もあるのだ。



だから私はまだ、死んでいないのだ。

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死にたがり不幸自慢のパパゲーノ あきすけ。 @akisuke-san

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