第2話(6)亜麻色の髪の乙女と灰学生

 ※  ※  ※


「あらまあ、本当に窓が割れているわ」

 一人の女子生徒が、東寮のボロボロの窓ガラスを見て目を丸くした。亜麻色の髪を、ゆるく三つ編みに結って眼鏡をかけている。

 レイジョールージュが窓ガラスを破壊して回ったのは夕方のことであり、山奥にある学園にはもう業者が来ることはできなかったので、修理は明日に持ち越されたのである。

 もうすぐ、日が沈む。空がピンクから紫色へのグラデーションを描くマジックアワー。ずたずたになった窓ガラスの切っ先が夕陽を反射して煌めいている。そんな景色を、亜麻色の髪の女生徒は興味深そうに見つめていた。

「……あっ!危ない!」

 不意に、背後からさけび声が聞こえて、女生徒は驚いた。振り返れば、長い前髪の生徒が彼女の背後に立っていた。彼女の手元を見てみれば、掃除用のトングを持ち、絶妙な力加減で蜂を挟んでいた。

「さ、行きなさい」

 前髪の長い生徒は、蜂に優しくそう言うと、外へ蜂を解き放った。助けられた亜麻色の髪の女生徒は、目を丸くした。

「まあ、危なかったわ。本当にありがとう」 

 すると、前髪の長い生徒は、急におろおろとして、頭を垂れてしまった。

「い、いえ……窓ガラス、割れていて危ないですから、近づかないほうがいいですよ」

「ありがとう。それにしても素晴らしい技でしたわ。どちらの部に所属していらっしゃるのですか?」

「私は……部活動には、入っていません」

 それを聞いた彼女は口に手をあてる。

「あら、勿体無い……色々なご事情があるでしょうけれど、その技を活かせる場で磨きをかけるべきだと思いますわ」

「い、いえ、さっきのは偶々ですから……」

「そんなに謙遜しなくてもよろしいのに……慎み深い方なのね」

 亜麻色の髪の女生徒は興味深そうに前髪の長い彼女を見た。これまで自分の周りによって来る生徒たちは、自分がどれほど優れた家柄の令嬢か、どれほど高い能力を持っているか、故にどれほど自分にふさわしいのか、尽くせるのかをアピールして、自分に媚びへつらうものばかりだった。たった一人の親友を除いて。  

「あなた、学年とクラスとお名前は?」 

「私は……2年A組の、灰野はいの紅緒べにおです。あの、あなたのお名前もお伺いしてもよろしいですか? 西寮ではお見かけしたことがありませんが……」

「おっしゃるとおり私は東寮の生徒です。名前は……ひじりマリアですわ」

 聖と名乗る生徒は微笑んだ。紅緒は、その優美さにしばし見惚れた。この学園に通う生徒は、一般家庭から受験生を募る特待生を除けば、皆名だたる名家の令嬢ばかりではあるが、この亜麻色の髪の乙女は別格であるように思われた。

「私はもう行かなくてはなりませんが、またお会いしましょうね、灰野紅緒さん」

 聖マリアはそう言うと、会釈をして東寮の方へとあるいていった。

 

 亜麻色の髪の乙女が東寮に戻ると、黒百合円香が血相を変えてやってきた。

「一人でどこに行っていたのです!?」

「ちょっとお散歩していただけよ」

 のんびりと言う亜麻色の髪の乙女に、黒百合は苛立ったように言う。

「少しはこの学園の生徒会長でありシンボルである自覚を持っていただかなくては困ります!」

「学園のなかであぶないことが起きるわけがないでしょう?」

「万一暴令嬢戦士に狙われたらどうするのです? あなたに何かあったら、私は……どうかもう変装して校内を一人で歩き回るのはおやめください、雪姫」

 そう言われると、聖マリアは亜麻色の髪のかつらを脱ぎ、眼鏡をはずした。金髪に近い巻き毛が溢れ出し、眼鏡の下に隠れていた青い瞳がすうっと黒百合を見つめた。

「そうね、心配をかけてごめんなさい円香」

 白百合雪姫はそう言って迷惑をかけたことを詫びたが、もうやらないとは約束しないのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る