第1話(6) 屋根裏部屋の灰かぶり

 その後。遠藤美千代さんの存在は、私を除くすべての生徒達、教師たちの記憶から消えていた。

 どうやら、突然現れた恐ろしい怪物を、黒百合がリスノワールに変身してみんなを護った……ということだけが皆の記憶に残っているらしい。美千代さんのことを聞いても、そんな生徒は初めから存在しないことになっているらしかった。

 そして私は今どうしているかというと。

「まあ、本当ですの?」

「いやだわ、うふふふふ……」

 寮の談話室でお嬢様たちの談笑を横目に、灰色のエプロンをつけて、お茶菓子の配膳や片付けをしたり、テーブルを拭いたりしている。このあと生徒達が談話室を出たら、雑巾で床磨きだ。

 どうしてこうなったのかというと……私にもまるでわからない。

 暴令嬢戦士レイジョールージュが黒百合と勝負して去ったその日の夕方のホームルームで。いきなりクラス担任の教師が、壇上で灰色の封筒を懐から取り出して、読み上げた中身いわく。

「黄崎アリサ。素行不良により、貴女から特待生の資格を剥奪する」

「はっ? 何ですか素行不良って!?」

生徒会フルール・ド・リスに無礼を働いたでしょう? 白百合しらゆり生徒会長の決定で、明日から灰学生サンドル

として働いてもらいます。」

「えっサンドルって何ですか」

「雑用係として働きながら授業に出席することが許された生徒のことです。詳しい説明は後でね。……ついては、今日中に寮の部屋の荷物をまとめ、東寮の屋根裏部屋に移るように。以上、生徒会フルール・ド・リスの決定です」

「なんですかそれ!? たかが生徒会のそんな横暴が通るわけ……!!」

 しかし横暴は通ってしまった。

 寮の私の部屋の荷物はすべて引き払われて、屋根裏部屋へと移動された。実家の自室より狭い部屋に、簡素な机とベッドが置かれた薄暗くて埃っぽい部屋。

 今まで知らなかったけれど、灰学生サンドルというのは、学費が払えなくなった生徒や落第寸前の劣等生が落ちる最下級の生徒のことらしい。灰学生サンドルは、授業に出るのは赦してもらえるけど、それ以外の時間は寮の清掃や洗濯炊事などあらゆる奉仕活動……要は雑用が命じられる。で、灰学生サンドルがペナルティくらったら一発アウトで退学処分。私の場合、親には私が灰学生になったことは黙っていて、学費は免除して学舎に置いてくれるらしい。けど、こんなことがゆるされていいわけ!? すぐにでもSNSに拡散してやりたかったけれど、聖マリアンナの規則でスマホは所持できなかったし(持ち込み禁止ではなく所持自体が禁止なのだ)手紙は必ず学校側のチェックが入るから外に助けを求めることができない。


 そしてこの屋根裏部屋の灰学生サンドルは私ひとりではなかった。そこには、先輩がいたのだ。

「あー! あの時の土下座先輩!!」

「どげ……? あ、私、2年生の灰野 紅緒はいの べにおです。よろしくお願いします……」

 そう言って、土下座先輩……灰野紅緒は、ふへへ、と笑った。

………あ~~~もう! どうしてこうなった! 私をこんな目に遇わせた黒百合、絶対にゆるさないわよ!

 ついでに黒百合のことを刺激した暴令嬢戦士、レイジョールージュにも責任があると思う!次にもし会ったら、うんと文句を言ってやるんだから~!

 私は怒りのパワーを雑巾にぶつけ、談話室をピッカピカに磨いてやったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る