第1話(5)  暴令嬢戦士 レイジョールージュ

ギュっと閉じていた目を開けると、そこには異空間が広がっていた。

 クリーム色を基調とする、清廉とした校舎であったはずのそこは、豪華絢爛な舞台と化していた。

 天井にはきらびやかなシャンデリアが輝き、何故か出現した大理石の階段の両脇では、妖精みたいにキラキラしたドレスを着た女性たちと、王子様みたいにキラキラした衣装をまとった男装の麗人たちが並んで、花一杯の籠を抱えて、花を振り撒きながら踊っている。こどもの時におばあちゃんが連れていってくれた宝塚の舞台みたいだ。

 大理石の階段の上から、紅い絨毯がくるくると回転しながら床に綺麗に広がる。その絨毯を踏みしめて、壇上から一人の金髪縦ロールの令嬢が、片手を腰にあて、羽根つきの扇子をもってパタパタと顔を扇ぎながら登場してきたのだ。

 金髪令嬢は、真紅のドレスに金色の鎧と薔薇の花を合体させたような、ゲームにでも出てきそうな格好をしていた。そして顔には、黄金の仮面をつけている。

「オーホッホッホッホ!! わたくしは、暴令嬢戦士あばれいじょうせんし、レイジョールージュ! 貧弱な庶民、もとい、か弱き乙女のピンチに駆けつけてさしあげましたわ! さあ、お立ちなさい庶民の娘!」

 レイジョールージュが私に手を差し出す。それに向かって手を伸ばしたとき、私は自分の服装が変わっていることに気がついた。

 学校の制服を着ていたはずなのに、レイジョールージュと色違いの、黄色いドレスに鎧を合体させたような服を着ている。手には長手袋、頭には小さな王冠が乗っていた。

「えっ!? ええーーーっ!?」

 目の前で起きていることが何一つ理解できず混乱する私とは別に、黒百合は別の意味で驚いたらしい。

「何故、薔薇の戦士がここに……」

「ほほう、百合の剣士ですわね? 相手にとって不足はありませんわ!」

「粛清の邪魔をすると言うのですか?」

「黄色い薔薇の蕾が刈り取られようとしているのを見逃すわけには参りませんわ! おとなしく渡す気が無いのなら、いざ尋常に勝負ですわ!」

 勝負、と言うけれど、レイジョールージュは、鎧だけ着て、なんの武器も持っていない。相手は真剣のサーブルを持っているというのに。

「剣なら、貴女のを借りますわ。黄色い薔薇の蕾。」

 レイジョールージュは、仮面の顔を私に向けて言った。……ん?黄色いバラのつぼみって私のこと???

「あの、あなたは一体……」

 私の話など聞かずに、レイジョールージュは私の胸に手を伸ばした。えっ、何?怖……と思い、さりげなく自分の胸を見たら。胸から黄色い薔薇が咲いていた。 

 は???

「光栄に思うと良いですわ~!」

 そう言うと、レイジョールージュはいきなり私の胸から生えた黄色い薔薇をむんずと掴む。

そして、なんの断りもなしに一気に引っこ抜いた。

「えっ!? えええ!? 何これ!?」

 痛みは無い。けれど、ずるんと胸のなかから何かが出ていく感触が確かにあって、ただだ驚いてしまう。

 果たして私の胸から引っこ抜かれたのは、薔薇の根っ子……ではなく、薔薇の花を柄にした一振りの剣だった。

「黄薔薇のつるぎ!受けてごらんなさい!」

「待て、レイジョールージュ!」

 待てと言われても止まらないレイジョールージュの剣戟を受け止めながら、黒百合は言う。

「私の目的は、聖マリアンナにふさわしくない存在を排除し、この学園を守ること!貴女も学園を守る戦士ではないのか!」

「違いますわね! 私は、乙女達の声なき祈りを聞き、真の助けを求める声を救うもの。お前たちが守ろうとしている『清く正しく美しく』は、真の校是にあらず。上っ面のものでしかありませんわ!」

「……これ以上話し合っても無駄ですね。消えろ!」

 黒百合の突きがレイジョールージュの心臓を貫こうとする。レイジョールージュはその突きを素早くかわし、回転しながら黒百合の喉元に黄薔薇の剣の切っ先を向けた。

「……!!」

「勝負ありですわ」

「……仕方ない。今日のところはこれで引き上げるとしましょう。ただし黄崎アリサ。貴女には後程相応の罰がくだると思いなさい」

「え゛っ」

 黒百合はサーブルを鞘にしまうと、そのまま去っていった。

「あの、レイジョールージュ、様……助けてくれるんですよね?」 

「では、ごきげんよう」

「ちょっとぉ!?」

 私は大理石の階段を登っていくレイジョールージュを引き留めようとしたけれど、先ほど花を振り撒いていた男女が、さっと階段を隠してしまった。そして、彼らが一斉に撒き散らした花吹雪に紛れて、絢爛豪華な舞台も、シャンデリアも、大理石の階段も、花を振り撒く男女も、そして暴令嬢戦士レイジョールージュも、みんなみんな消えてしまって、元の校舎へと姿を戻した。私の服も、もとの制服に戻っていた。

 ふと足元を見ると、1つの眼鏡が落ちていた。これは確か美千代さんがかけていた眼鏡。

「美千代さん………」

拾い上げようとした眼鏡は、そのまま塵と化して消えてしまった。

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