第1話(3) 怪人出現! 狙われた特待生

 昼休み終了5分前の予鈴が鳴っても、美千代さんは戻ってこなかった。いつもなら着席して次の授業の準備をしているというのに。

「美千代さん、どうしたんでしょう?」

「知らないわ、放っておきましょう」

 クラスメートの皆はそう言ったけれど、私はどうしても気になって、席を立った。

「私、探してきます!」

 私が言うと、クラスメートたちは驚いて目を丸くし、口元に手を当てた。

「まあ黄崎さん! 授業の遅刻はペナルティがついてしまいますわよ!?」

「あなたは一般家庭からの特待生なのに……」

「ペナルティがついたら生徒会フルール・ド・リスに入会するチャンスが無くなってしまいますわ」

 確かにクラスメート達の言う通りではあった。庶民出身特待生の私がペナルティをつけられるのは痛いし、生徒会フルール・ド・リスにはペナルティ付きの生徒はまず入れないだろう。美千代さんとは仲が良いわけでもない。むしろつっかかられて迷惑していた。

 ……でも、それでも。放っておけない。

「皆さんごめんあそばせ、私やっぱり行ってきます!」

 クラスメートたちの制止の声を振り切って、私は廊下を駆け出した。聖マリアンナの生徒が廊下を走るなんて言語道断なんだろうけど、もし彼女がどこかで倒れていたらと思うと、悠長に歩いてなんかいられない。

「美千代さん! どこですか!」

 共用トイレ、図書館、中庭……彼女がいそうな場所を探すけど、どこにも見つからない。自分の寮に戻ったのかな……。

 額の汗をぬぐって、中庭のベンチに座り込んだその時。

「きゃああああ!」

 絹を裂くような乙女たちの悲鳴が響き渡った。



 ※  ※  ※


 1年A組では、B組の遠藤美千代が、授業中にいきなり現れて騒然としていた。生真面目な優等生の彼女の奇行に、教師も生徒もいぶかしく思った。

「遠藤さん……? どうなさったの?」

 教師の呼び掛けに、彼女は答えない。

 美千代の髪は逆立ち、眼は血走って真っ赤になり、肩を怒らせフーフーと興奮して息を吐いている。明らかに異常であった。

 困惑する教師を無視して、遠藤美千代は唸りながら言った。

「A組の特待生の渡辺里佳わたなべ・りかはどこだ………」 

 聖マリアンナ学園の特待生は、毎年8人となっており、A組からH組まで各クラスに一人ずつ編入されるのだ。

「私ですけど、何ですかいきなり……?」

 遠藤美千代と初対面の里佳は、不審そうに彼女を見る。

 美千代は里佳を見ると、仁王像のように眼をカッと見開いた。

「貧乏人出身の特待生はみんな落第落第落第!!落第しろオオオォ!!」

 咆哮と共に。美千代の姿が黒い霧に包まれた。霧の中で、美千代のたおやかな手足は、猛禽類のような鋭い爪が生えた手足に変わり、逆立った髪は角に変わり、神経質そうなかんばせは鬼の形相へと変化した。

「きゃああ!!化け物!!」

 教室は騒然となった。しかしあまりのことに、純粋培養のお嬢様たちは動くことができない。怪物は鋭い爪で里佳に襲いかかる。里佳は、分厚い教科書や鞄を盾にして抵抗したが、防ぎきれず、怪物の凶刃に倒れてしまった。

「ぐっ……!」

 爪で引き裂かれた皮膚からは血は出てこなかった。かわりに紅色の花びらが舞い散り、里佳の姿は光の粒になって消えてしまった。

「里佳さん!!」

「き、消え……!!」

「いやあああ!! 助けて! 誰か!」

 怪物は、大騒ぎのA組をあとにして、次の標的、黄崎アリサを探してB組の教室へと入っていく。

「黄崎アリサはどこだアアアアア!!」

「きゃああああ!? バケモノ!!」

 B組の生徒たちはパニックになったが、ここには黄崎アリサはいない。怪物は彼女を探して駆け出した。

 そのとき、C組から一人の生徒がさすまたを持って飛び出してきた。

「待て! 怪物め、私が相手になってやる!」

「C組特待生の如月飛鳥きさらぎ・あすかだな。」

如月飛鳥は、スポーツ推薦で入学した特待生だ。運動神経抜群の彼女は、さすまたで果敢に怪物に挑み、獣のような異形の手と撃ち合う。しかし、力及ばず。怪物にさすまたをへし折られ、鋭い爪で斬りつけられ、光の粒になって消えてしまった。

 1年生の階は大パニックになった。校舎の外へ逃げようと、雪崩のように生徒たちが玄関へ押し寄せる。

 そこへ、悲鳴を聞き付けて中庭から駆けつけてきたアリサがやってきた。

「何かあったんですか!?」

 訊ねてみても、みんな自分のことで精一杯で、アリサに構っている余裕がない。

 アリサが人の波の向こうを見ると、異形の怪物と目があった。その怪物はアリサ目掛けて一直線に駆けよってくる。

「えっ!? なになになにー!?」

 アリサは逃げようとしたが、恐るべきスピードの怪物はあっという間にアリサを捕まえ、その首を締め上げる。

「ぐっ、な、何なのよ……!!」

「庶民出身の特待生なんてイラナイ………みんな落第落第落第シロォ……幼稚舎から歯を食いしばって努力してきたワタシが1番なんだ、ワタシが生徒会フルール・ド・リスに声をかけられるべきナンダぁ……」

 怪物の妄言。その声音にアリサは聞き覚えがあった。

「まさか……美千代さん!?どうしてこんなことに!?」

「うるさアアアい!! 全部お前のせいダ!!」

 怪物が爪をアリサに振りかざした、その時。

 怪物の背後に、一人の少女が現れた。黒髪を三つあみにまとめた、眼鏡の美少女。アリサが朝に出会った、黒百合円香だ。

「1年B組、遠藤美千代ですね」

 怪物と化した美千代も、凛としたその声に思わず振り返る。その隙にアリサの首を絞めていた怪物の手が緩み、解放されたアリサはゴホゴホと咳き込んだ

「学園の秩序を乱す者は、フルール・ド・リスが赦しません。これより、粛清を開始する!」

 そう言うと、彼女は胸元の百合のフルール・ド・リスのバッジに手をかざした。と思うと次の瞬間に、彼女の姿はまばゆい光に包まれ、アリサは思わず目を覆う。

「――すべての穢れを呑み込む、誇り高き黒百合の剣士、リスノワール。ここに参上」

光が弱まると、そこには全身に純銀の鎧を身にまとった黒百合円香が、サーブルを構えて立っていた


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